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chpater4-4:生徒会の影


――チリン。

涼しげな鈴の音が聞こえて、オレがベランダの方を振り返る。夜闇を背に、いつものように輝夜先輩がそこに立っていた。
オレはベランダの鍵を開ける。
「お疲れ様!」
そういいながら入ってくる先輩に対してもう何か苦言を呈する事もなくなっていた。あまりにも回数が多いので。もう感覚がマヒしてしまっているのかもしれない。
「今日もバイト先でもらったお惣菜、色々あるけど神谷野君も一緒に食べる?」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
「OK、レンジ借りるね!」
そういうと、手慣れたようで冷蔵庫上の電子レンジに唐揚げのパックを突っ込んだ。
「で、神谷野君はなにしてたの?」
「真心のコジローのプログラミングを。ファイと一緒に」
そういうと、モニター上にファイが現れてお辞儀する。
「そっかそっか、どんな感じにする予定なの?」
「真心と先輩って、体の使い方が結構似ているので、先輩のシステムを流用しながら、体格の違いだったり、剣をスムーズに使うためのパラメータを調整する、って感じですかね」
「へぇ、私と似てるの?」
「もちろんスピードは全然先輩の方が速いけど、判断基準とか、あと単純にどちらのフレームも近接武器がメインになってくるので。これが射撃タイプのライダーだったら、射角の補助・補正とかにもっとリソースを割くんだけど、どう考えても刀を中心とした戦い方だから、その辺の組み立ては必要ないかなって感じで」
モニター上にプログラムの一部を表示させながら説明すると、それをのぞき込むように輝夜先輩が顔を近づけた。彼女が使ったのか、かすかに柑橘系の制汗剤の匂いがして、オレは視線をモニターから外せなくなる。

「ふむふむ、なるほど……よく分からないけど。でもこれで真心も本格的に機体を使っての練習ができるようになるね。プログラムデータが完成したらまずはVRシミュレータからだよね?」
輝夜先輩が言い終わると同時に、レンジの方でチンという音がした。先輩はレンジの方へと向うと、それをテーブルの方へと持っていく。その様子を見ながら、ひとつ息を吐いてから会話をつづけた。
「まぁ、機体を壊されても困るから基本はVRにしてもらえたら嬉しいけど……でも、実機の方がいいんですよね?」
「そりゃもちろんそうだよ。やっぱりVRと実機だと全然違うし、ライダーとしてのスキルの上がり方もまったく違うって思う」
部活に対して何か予算があるわけではなく、費用は先輩自身がバイト代を出す事で何とか成立させている。正直その負荷をこれ以上増やしたくない。だけど制約をつくってスキルの向上がなされなかったらそれは本末転倒だ。
「……まぁ、予備パーツがあるうちはオレが直すし、ちょっとこっちでもいい方法がないか、ファイと考えてみる」
そういうと、ファイもモニター上で手を振って答えた。
「2人ともありがとう、気を付けながらやるね!」
輝夜先輩は白い湯気をたたえた唐揚げに爪楊枝を指してひょいっと口に運んだ。
「五十鈴ちゃんの方は順調そう?」
「それは大丈夫。五十鈴は元々プログラムとかコンピュータに強い上に飲み込みも早くて。それに、エースの事を本当によく知ってる、というかオタク過ぎて、逆に教えることがないくらい」
「そっか。じゃあ今度私の模擬に付き合ってもらおうかな」
「いいけど、無茶な動きばかりで混乱させたらダメですから」
「はいはーい」
分かっているのか、分かっていないのか。先輩は唐揚げをまた一つほおばる。

――と、先輩は何かを思い出したように続けて
「あ、だけどさ。私だけじゃなくて藤沼さんの事も、もうちょっと見てあげてね」
「絵美里の? 何を? 正直オレにはデザインとかは全然……」
「そういう事じゃなくて。藤沼さん、今日も遅くまで部室で色々してくれてたみたいだよ。生徒会から言われてる練習試合のアポ取り、やっぱり難しいみたいでさ」
そう言われてみれば、確かに自分のことばかりで、絵美里とは全然話したりできてなかった。
「ここに帰る前に、差し入れは持って行ったんだけど。多分しんどい事もたくさんあるんじゃないかと思うから、神谷野君からも声かけてあげてね」
「そっか。そうだよな。分かりました、明日ちょっと話してみます」
そういうと安心したのか、先輩はニコっと笑顔をみせた。

いつも不意に現れて、突拍子もない事をする人なので、自分勝手に見える、というかそういう面もあるとは思うけど、この人は何も考えていないようで、実は凄く視野の広い人なのかもしれない。本当に色んな事がよく見えている。そうだな、明日ちゃんと絵美里と話をしよう。

 * * * *

学園はテストも終わり、比較的緩やかな授業時間が流れている。人によってはそろそろ夏休みの計画なども建て始める頃だろう。そんな初夏の熱を帯びた日差しの下を抜けて、オレは部室へとやってきた。扉を開けると、今日は1人だけ。五十鈴の姿があった。
「あ、先輩。おはようございます!」
「おはよう、早いね。何してたの?」
「ちょっとマニュアルを読んでて。まだまだ分からないことも沢山あるし」
「勉強熱心だね、さすが」
「いや、そんなことは。ここに来ると雑誌とかいろんなエースの情報があるから、私のとっては天国で……」
五十鈴は最初こそ真面目な雰囲気だったが、徐々に欲望ダダ漏れの恍惚とした表情へと変わっていく。彼女がエースのヲタクである事は部にとってはとても大きな強みとなるはずだ、と信じたい。
「ところで、絵美里……藤沼は? まだ来てないのかな?」
「藤沼先輩ですか? そうですね、まだ今朝は見かけてないですが……」
「そっか。まだ来てないのかな」
ちょうどそんな話をしていると廊下の方から近づく足音が聞こえてくる。ガラッと音を立てて開いた扉の向こうには絵美里が立っていた。
「……っと、おはよう翼と五十鈴ちゃん。2人とも早いんだね、朝練?」
違います、といった様子で横に首を振る五十鈴を見ながらオレは絵美里に話しかける。
「いや、そういうわけじゃなくて、ちょっと絵美里に会いに」
「私に? なによそれ、いっつも会ってるじゃない」
「そりゃそうなんだけどさ。練習試合の調整がうまくいってないって聞いてさ、なんか手伝う事があったらさ……」
そう言いかけたところで、絵美里はフフッと笑った。
「あぁ、そのことね。心配してくれたんだ?」
「まぁそれはね」
「そっか、ありがとう。でも大丈夫だよ。なんとか見つかったから」
「えっ?」
「昨日の夜遅くに返信があって。東聖工業高校からOKってメッセ来た」
「ホントか! よかったな」
「連絡来たのが遅かったから、今日みんなには言おうかと思ってて。相手が決まるの遅くなってごめん。最終調整してまた生徒会には言っておくね」
へへっ、と照れくさそうに笑いながら絵美里はぐっと右手の親指を立てた。
「とりあえずお疲れ絵美里、ありがとな」
「いやいや。翼や五十鈴ちゃんと違って、これくらいしか私出来ないから……」
「えっ?」
「エースの事、まぁ見るのはそこそこ好きだけど、専門的な知識とか全然ないじゃん? だからホント役に立ててないなぁってずっと思ってたんだよね」
絵美里の複雑な表情を五十鈴は真剣に見つめている。
「これでちょっとは役に立てたかなって思えたから、ホント良かったよ!」
絵美里が言い終わると同時に、五十鈴は車いすをこちらへと方向転換して話しかける。
「……先輩、練習行きましょう!」
「え、今から」
「まだ朝礼まで時間あります。ちょっとでもプログラムの事教えてもらえたら」
普段はやわらかく優しい印象の瞳が鋭さを増している。
「わかった、行こうか」
オレはそういうと絵美里の方を見る。絵美里は「いってらっしゃい」と軽く手を振った。

* * * *


練習試合の決定を受けて、カメはすぐに報道部の部長と掛け合ってくれたのか、学内の掲示板には号外と称して、エアリアルソニック部の練習マッチの情報が掲載された。対戦相手の話や、こちらの部の現在の戦力など、比較的丁寧に記載がされている。合わせて絵美里はグラウンドの使用許可を申請した。もしかすると生徒会になにか操作されるのでは、という風に勘ぐったけど、結果としてスムーズに申請は受理された。
学内中の掲示板に貼られた号外によって、エアリアルソニック部の活動はにわかに学内の一大イベントへと姿を変えていく。ちょうど前回行った先輩と真心のデモマッチのおかげで、学内には部のファンが増えつつあるタイミングだった。ここで学内に部の存在をアピールできれば、生徒会に対する一つのカードになるのではないか、という狙いもあった。カメにお願いして、なるべく多くの生徒に今回の練習試合が行われる事を告知すれば、それだけ多くのファンを獲得できる可能性があがる。中間試験も終わって自由な時間もある中で、エアリアルソニックを生で見られるとなれば、興味を持つ生徒が一定数いても別段不思議な事じゃない。静かに、だが確実に学内にその熱が伝搬されつつあった。
オレたちの部活は1週間後に迫った練習試合に向けて、調整を進めることになった。

「らああああああああああああああ!」
「――っ!」

――ガンッ!

先輩の灰色の拳が真心の右腹部を襲うも、咄嗟に畳んだ肘の辺りとぶつかり鈍い音を立てた。直後、一瞬で逆手に持ち替えた刀を左手一本で先輩めがけて振り降ろす。その斬撃は間一髪、打撃部位を起点にくるりと体を一回転させて軸をずらした先輩をかすめるにとどまった。先輩は真心の身体を右足で蹴りだすと、その勢いで間合いを取りなおした。ふわりと宙に浮きなおると、先輩はスッと右の拳を前に構える。

練習用の汎用型エース装備に、練習フィールド。VRによる仮想空間でのシミュレーション戦闘よりも実際の身体を動かす分、トレーニングの練度は高くなる。グラウンドにあったフィールド装備などの一部を流用して組み合わせた、オレとファイの共同制作設備だった。場所は問わないけど、エース用のフィールドを展開できる範囲はテニスコート一枚分くらい。今回はグラウンドの一角を使わせてもらった。

シャッター音を何度もさせながら、カメはその様子を切り取る。
「しかし神谷野、お前って凄いんだな。こんなもの作れるなんて」
カメの言葉に「違うよ」と前置きをしてから続けた。
「元々この学校にあったデバイスの出力を調整できるようにしただけ。実質ファイがやった事だし」
「いやいや、グラウンド全面使わなくても、練習できるようになったのは大きいよ。それに練習用の装備も用意したんだろ?」
「用意っていうか、これはそこら辺の3Dプリンタで出力しただけの外装。壊れても比較的安く済むように。本番用のパーツとは素材なんかは全然違うものだよ」
「ふーん。で、それでちゃんと練習にはなるのか?」
「まぁそりゃ外側は練習用だけど、中身のプログラムは本番と同じだから。動きや制御は十分練習になるし、五十鈴のシミュレーション練習としても本番と同じ環境に近いから。今のベストな方法だと思う」
そう言って、五十鈴の方へと目をやる。彼女が今回の2機の出力状態を制御していた。目まぐるしく変わる数値や状況に、普通なら翻弄されてしまうところだが、しかし彼女は冷静な様子で2つのモニターをさばいてみせた。
カメはそんな五十鈴の様子を指さして「なぁ、あれってすごいの?」と聞くので、「相当」とだけ答えておいた。

練習している周囲には、ほかの部活生の姿や帰宅部だろうか、制服姿の学生たちの姿も見てとれた。
明らかに学内での注目度を増している、そういう実感があり、そして目の前の2人、いや五十鈴を入れて3人への手ごたえもあった。少しかもしれないけど、前進していると思えた。

キーンコーンカーンコーン

あっという間に時間は過ぎ、課外活動の終了時間を告げるチャイムがなった。オレ達も例外なく設備を片付けると、部室へとそれらを収める。姫野先輩や真心はバイトや家の用事があるという事で着替えるとすぐに帰宅の途についた。という事でオレと五十鈴の2人で部室の片づけをする。
「あの、先輩」
帰ろうとしたところで五十鈴が声をかけてきた。
「なに?」
「大丈夫でした? 私……」
少し不安げに、眉をひそめながら。そんな事を言うので「このまま試合にでても全然大丈夫」というと、照れくさそうに「ありがとう」と言った。

「っと、そうだ。シルヴィと待ち合わせしてるんだった」
「シルヴィ、ってあの金髪の子と?」
「はい、多分下で待ってくれてるかなと……あ、いました!」
そういうと窓の下を指さす。誘導されるように窓から下をのぞくと、こちらに手を振っている少女の金色の髪が夕日に照らされてキラキラと輝いていた。オレの姿が見えた途端、手が止まりあからさまに表情が怪訝なものに変化したが。
「じゃあ、私帰ります!」
「お疲れ様」
そういうと五十鈴は一礼して部室を後にした。もう一度下をのぞき込むと、舌を出してこちらを睨みつけるシルヴィと目が合った。苦笑いしかない。嫌われるようなことをした記憶はないけれど……そもそも五十鈴と一緒にいる事が気に入らないのかもしれない。

各々が帰宅して静かになった部室を自分も後にした。部室棟を出て砂ぼこり舞う校舎を繋ぐ道を校門の方へと歩く。夏休みが近づくにつれて日はどんどん長くなっている。左手に見えるいつもの白い校舎が西日に照らされて朱色に染まっていた。
――と、1階廊下の様子が窓越しにみえる。そこにいた人影がカメである事はすぐにわかった。オレは帰る前に校舎へと歩を進めた。
「おつかれ、カメ」
廊下にいたカメにそう声をかけると、「おう」と白い歯を見せてニッと笑った。
「何してたんだ?」
「何って、そりゃお前らの部活のPRだよ」
そう言って掲示板を指し示す。報道部としてちょうど新しい記事を掲示板に張り付けている最中だったようだ。今日の練習の話がすぐに反映している。
「ちゃんと練習試合の日程も大きめに書いておいたからさ、当日は結構生徒グラウンドに集まるんじゃないか?」
「ありがとう。助かる」
「いいって。うちの部長もいいネタがあるなら何でもいいってタイプだし。オレもお前ら見てると楽しいしさ」
「楽しい?」
「あぁ、面白いよ。なんかワクワクする。生徒会の連中はムカつくけど」
作業の手をとめることなく、カメは話し続ける。
「藤沼も頑張ってるし、お前もすげぇし。大したことはできないけどさ、できる事があったら何でも言えよな。書いてほしい事があればいくらでも書くからさ」
そういうカメに「ありがとう」と告げると、最初と変わらない笑顔をみせながら「おう」と一言だけ返した。


* * * *


練習試合に向けて順調に調整も進む。姫野先輩と真心の練習も熱が入っているし、五十鈴もオペレーターとしてすごい勢いでそのスキルを上げてきている。オレ達の練習を見物している生徒の数も日に日に増えてきている。もしかすると新入部員の期待もできるかもしれない、そんな気すらしていた。まぁ多くの生徒は生徒会長の視線を恐れているらしいので実際に声をかけてくれる人はほとんどいないわけだが。
そんなこんなであっという間に1週間が過ぎ去った。その間、特に生徒会から連絡や邪魔がなかったことが逆に不気味ではあったが、そんな事を考えている暇もないほどに部員全員が集中していた。練習試合まであと2日、今日は部活は先輩たちに任せて、オレと絵美里の2人は電車で秋葉原まで移動していた。長椅子タイプの座席、隣に座っていた絵美里がカバンから塩飴を1つ取り出して手渡してきた。
「ほい、熱中症対策に!」
「ありがとう」というと、彼女はへへっと笑ってみせた。
「2人でこうやって出かけるのは久しぶりだね。というかあまり記憶がないかも……」
「確かに。小学校の頃も遠出はしなかったよな。まぁ小学生だし」
「そりゃそうか。いつも乙羽と3人で、学校の裏手の山とか海岸で遊んでたもんね」
2人で懐かしい話をしながら、秋葉原に到着するのを待つ。転校してからここまで色んな事がありすぎて、そういえば絵美里とゆっくり話す機会なんてほとんどなかった。中学に上がってからは連絡だってしていた記憶がない。にもかかわらず、絵美里は今こんな風にオレと姫野先輩に協力してくれている。生徒会長の事を考えたら、下手に関わらないほうがいいはずなのに。
「なぁ絵美里」
「なに?」
「今更だけどさ、いいのか? オレや姫野先輩と付き合ってて。元々部活なんて興味なかったんだろ?」
オレが聞くと絵美里は一つため息を吐く。
「今更ね。もう生徒会長にもガッツリ目をつけられたし、引き返せないじゃない?」
「でもさ……」
「待って。それにね、私が翼や先輩の近くにいる事、自分で選んだんだよ。だから何があっても誰のせいでもない」
ガタン、と電車が揺れて、少し左にカーブを始める。正面の窓の景色が次々と流れていく。絵美里はその風景を見ながら、横に座るオレに話をつづけた。
「翼……あのね、私、ずっと後悔してたんだ」
急にそんな事を言い出すので、オレは反射的に絵美里の方へと顔を向ける。絵美里は視線は窓の外へと向けながらフフッと笑い、そして続けた。
「小学校の時、私と翼と乙羽と、仲が良い友達だって思ってたんだけど……途中でさ、全然違うんだって気が付いたんだよね」
「は? 全然違わないよ。よく一緒に遊んでたしさ……」
「ううん、違った。2人にはエースの才能があったから。私にとって2人は眩しくて、いつの間にか、どこかで追いかけるのを諦めちゃってたんだよね」
何を言ってんだよ、と言いかけたがそれが口から発せられる事はなかった。絵美里の言葉はどこかオレの記憶ともリンクしているように思えたから。絵美里が言わんとする事を理解できる気がした。
「だから、もう雑誌やテレビでしか会えないって思ってた翼と、こうやって同じ学校で同級生できるなんてさ、夢みたいで……あ、乙羽はいないんだけどさ。でも神様がもう一回だけダメな私にチャンスをくれたんじゃないかって思った。だから今回は私がこれを選んだの、今度は翼や乙羽の事を追いかけようって」
「……そっか」
「うん……ええ、ええまぁそうなんですよ。ヘヘッ、驚いた?」
オレの肩の辺りをポンと小突く。少しテンションは高めに、絵美里は茶化すようにそんな事を言った。
「ありがとう、絵美里」
「もう! そういう真面目なのはなし! 返しに困るしさ。ほらほら、もうアキバに着くよ」
絵美里の言葉で、車内モニターにて次の駅名を確認すると次は秋葉原と大きく表示されていた。乗降者数も多い駅で、電車の扉が開くとすぐにホームには人が溢れるような様子となった。オレと絵美里はホームに降りると、すぐに電気街口と呼ばれる出口の方へ階段を下っていく。階段と並走するエスカレーターは人でいっぱいだった。人波をうまく避けながら、オレと絵美里は改札を抜けてメインストリートへ。駅からメインストリートを渡ってその1本奥の道が、かつて秋葉原が電気街と呼ばれていた理由が残るエリアとなっている。多くのPCショップやパーツ展が並ぶ。中にはいったいどうしてそんな値段で販売できるのかという価格で売られているアイテムもある。そんなパーツ店が並ぶストリートの一番奥に、エース御用達のお店があった。以前来たパーツ店とは外観がまったく違う、やや大きめの入り口が特徴の店舗へ足を踏み入れる。店内には様々なエースの外装が展示されていた。
「すみません」
入り口近くのカウンターで声をかけると、すぐに店員が寄ってきた。
「データ出力をお願いしていた神谷野ですが」
そう告げると店員は手元のモニターで名前を照合する。すぐに見つかったのか、オレ達はカウンターの先にある地下へ続く階段へと誘導された。ゴオゴオというくぐもった低音が響く地下空間、中央には巨大な3Dプリンタが設置されている。今も何かを出力中なのだろうか、異様な存在感を示すそれは音と光を放ち続けている。
「はいはい、これですよね。出来てますよ」
店員はそういうと、壁際のハンガーにかかったエアロフレームを指し示した。2体分のエアロフレーム、ひとつはシルエットはシンプルかつ最小限、白く輝くボディに、シアンのペイントが鮮やかなフレーム。もう一つは深い青にひらひらと舞うリボン状のパーツが後頭部からポニーテールのようになびいている。一応放熱パーツにあたる、らしい。実際にそういうフレームを見たこともあるけれど実機を目の前で見たのはこれが初めてだった。隣にいる絵美里が色々と調べながら考えたデザインは、間違いなくオレが考えることができないシルエットに仕上がっている。
「絵美里、イメージ通り?」
ハンガーをまじまじと見つめる絵美里に声をかける。絵美里は頬を紅潮させながら大きくうなずいて答えた。
「完璧だよ、すごいね!」
「それなら良かった。じゃあこのまま支払いしてくるから、絵美里はここで待ってて」
オレはそういうと会計へと向かった。費用はある程度するけど、姫野先輩が用意してくれていた予算……という名のバイト代で賄えるくらいには安価に外装パーツを作ることができるのは、3Dプリンタとカーボンナノチューブを基本としたプリント材のおかげだ。電磁波遮蔽材にもなっているので、ビーム系の電磁波攻撃にもある程度耐えられる。実戦でも十分に使える本番用のフレームになっている。
「ねぇねぇ、翼」
お釣りを待っている間に、先ほどまでハンガーにいた絵美里がこちらへとやってきた。
「あの、エアロフレームのデザイン、本当に私のデザインで良かったの?」
「え? 全然いいと思うけど、なんで?」
「偉そうにデザイナー志望だとか言っちゃってるけど私、ただの素人だしさ。本当に先輩たちのフレームデザインなんてやっても良かったのかなって、目の前にしたらちょっと不安になっちゃって」
「絵美里が素人なら、オレも素人だし、姫野先輩や真心だって素人だよ。それに、もちろん2人にはデザイン画の段階でOKもらってるんだし。自信持っていいと思うけどな。カッコイイよ」
そう答えると、絵美里はバツが悪そうに少し俯き気味になりながら、「ありがとう」と呟いた。


 * * * *


フレームは練習試合の前日に学校まで郵送してもらう事にした。お店を後に、再び電車で家へ帰ろうとしていたところ、ふと思い出したように絵美里が提案する。
「そういえば、練習試合の相手の学校が蒲田の方にあって。挨拶もしたいからちょっと寄って帰ってもイイ?」
そういう事ならもちろんいいよと答えると、オレと絵美里は流れるように途中下車をする。蒲田駅はあまり土地勘のない場所で、オレと絵美里は駅を降りると二人して地図アプリを立ち上げながら、目的地である東聖工業高校の場所を探して歩く。明らかに間違いとしか思えない細い路地や、方角間違いを何度か繰り返して、本来なら駅から10分程度の道のりを30分かけて、ようやく東聖工業の校門前へと到着した。気がつけば影も長く伸びて、本来なら白っぽいであろう石造りの校門が朱色に輝いてみえる。下校する生徒たちがチラチラとこちらを見てきた。他校の生徒が校門前にいれば確かに気にはなるだろう、とは思いつつその視線が居心地悪いので早く練習相手に挨拶に行こうと絵美里に視線で促した。

――が、次の瞬間、校舎の方から歩いてくる見覚えのある人影にオレの足はがくんとその動きを止める。

同じ制服をラフに着崩した男子生徒の姿。あれは、昨日ゲームセンターで鉢合わせた生徒会の……
「……加瀬……」
「えっ?」
無意識に声に出ていた名前、その音に反応して絵美里はこちらへと視線をよこす。加瀬先輩はこちらに気が付いているのかいないのか、一度も視線を向ける事なく軽快な足取りで校門を出るとそのまま駅の方へと消えていった。なぜこんなところに加瀬先輩が? 嫌な予感はあった。しかしそれ以上考えても答えが出るわけでもない。切り替えて校舎の中へと足を踏み入れた。

……残念ながら、その日は対戦相手の生徒たちは学校には残っていないらしかった。絵美里は少しだけ表情を曇らせながら、メッセージメモを窓口の方に預けて、学校を後にした。

chpater4-4(終)

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