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chapter2-3: 深夜の肝試し

地元の最寄り駅まで帰宅した時には随分と日も落ちて、闇色にうっすら赤いラインがひかれているような、そんな景色だった。右手には秋葉原で購入したエースのパーツ群を抱えている。
――今日はもう家に帰るだけでもいいのはいいんだけど、でも大会まで時間もないしできる事なら今日中にすべて入れ替えてテストだけでもしておきたい。

万が一トラブルがあったとしても今日中にテストが出来れば明日には対応可能だ。

一旦家に戻って着替える事も考えたが、学校へ行くなら何かと制服の方が都合がいいし、すべて終わってからシャワーにした方が気持ち的には楽かなと思い、家方向への分岐を通りすぎて学校へと向かった。そうして道を進むと途端に疲れが出たのか両肩が妙に重たく、歩くのもなんとなく億劫で、ゆっくりとした速度で学校へと向かう。

疲れが出てるのかもしれない、気を付けないと。

夜になるとほとんど人通りがなくなり、点々とした街灯の明かりが続くだけの川沿いを歩く。自転車やランニングをしている人と2回ほどすれ違うも、特に何か変わった事もなく、気が付くと学校の校門前まで戻ってきた。特に何があったというわけではないが、なんとなく校舎の方に目をやった。

――と。
「……え?」

無意識に声が出ていた、と同時にオレはその歩みを止めた。ちょうど校門の中央付近で止まる。

月明かりと街灯以外にもう一つ、校門から遠く、学内の奥の方が淡い光を放っている。強く輝くような光ではなく、ボワンと灯りが漏れているといった感じの光り方だが、間違いなく光を発している箇所があった。街頭や教室の明かりとはちょっと違う、決して明るすぎない光。
なんだろう、学内にこんな風に光を放つ機器なんて果たしてあったのだろうか?
例えばもちろん日中に太陽光で電力を補給し、夜文字盤を光らせるタイプの時計なども珍しくもない。ただ学校にそんな時計があるだなんて話は聞いた事がないのだが……

と、そこまで考えてハッと思い出す。
カメのつくった学級新聞――学園新七不思議。
……たしか、あったな。
幽霊が光り出す、というのが怪奇の1つであったような……

――不気味、だとは思わない。
青白く光るというのなら理由は何らかの光源があるだけだ。カメの記事、決してでたらめな嘘を書いたわけじゃないって事はこれで分かった。

時刻は20時になろうとしている。
 
明日も普通に学校があるし、あまり遅くなるのはよくないな、と思わなくもない。ただどちらにしても学内に用もあるし、オレは閉ざされている門に足をかけて校内へと飛びこんだ。

タン、という音と共にレンガの上に着地する。

幸い、と言っていいのか分からないけれど、創立100年を誇る桜山学園は設備投資を怠っており、警報装置なんてものは設置されていない。せいぜい警備員室につながっている防犯カメラが4つあるくらいだが、それも古いもので死角がある事は生徒の間では共有されている情報だ。一応足音などに気を使いつつ、光を放っている方向へと向かう。光を放つのはどうやら部活棟の方らしい。

――あ、そういうことか。

そこでこの件は自分の中でほとんど解決した。この数日で見慣れた情報処理部の部室。窓がぼんやりと白くにじむように光を放っている。部室のドアを開けると、中でホーリーナイトが白い光を放っていた。別にオレがスイッチをオフにし忘れたわけじゃない。
部室の中を見ると、椅子に先輩のカバンが置いてある。おそらく姫野先輩がここにきて、ドライブのスイッチを入れたに違いなかった。こんな時間までここに居残り、というよりはどこか出かけた後、再び学校に戻ってきたのだろう。
とりあえず学校にいるのなら後で連絡してみるか。

――つまり、これが光る幽霊の正体かな。

きっとこれまでも遅くに姫野先輩が動かしていたGPドライブが不思議な光として目撃されていたんだろう。
これがカメの書いていた七不思議の1つだとしたら、ちゃんと現実に起こった現象をベースにしているのはなかなかちゃんとした取材力だなと。なんか、そんな言い方したらちょっと偉そうだけど。

ぼんやりと光を放つホーリーナイトの電源を落とす。ブンという重低音とともに緩やかに光の放出が止まった。
オレは購入してきたパーツを一旦作業台で展開すると、順番にホーリーナイトのパーツを交換していった。


  * * * *


すべてのパーツを入れ替えたところで再起動実験を行う。
「ファイ、準備を」
『了解シマシタ』
ファイの電子ボイスが部室に響いたと思ったら、重低音とともにボワンとGPドライブ周辺が明るく光る。別のコンセプトの機体からパーツを換装した為に、統一感の無いデザインになっている。
塗装についてはこのデザインで色にこだわるような必要もないので、白色の特殊塗料でコーティングを行った。本当はこういった外観にもこだわって綺麗に仕上げた方がカッコイイんだけど、そういう時間も予算もなかった。そもそも、オレはデザインがそこまで得意じゃない。
そんな外装を一通り確認していると、GPドライブに火が入る。ジワリジワリと排光が強い色を主張していく。
シアン系、要するに水色系統の透き通った光がドライブから放たれる。
『システム全テ良好。GPドライブ生成純度基準値クリア』
モバイル端末にはファイが解析しているエアロフレームの様々な数値が並んでいく。純粋色の排光は配線や系統のバランス崩壊によってドライブの生成効率が落ちていたところを、ちゃんと改善できたという事だ。

とりあえず、これですべての作業は終了した。

エアロフレームはちゃんと飛べる状態にはなっている。無論、武器を換装したわけではないし、戦える状態かと言われたら疑問符しかないわけではあるが。それでも、姫野先輩の希望には添えたはずだ。これはテストも兼ねてしばらく起動させたままにしておこう。

ようやく自分の中で一息つけた気がした。久しぶりにエアロフレームとこんなに向き合っていた気がする。

――そういえば、姫野先輩はどこにいるんだろう。

気になってメッセージを送ってみるも反応はなし。カバンがあるから、多分学校にはいるんだと思うんだけど。

――と、なんとなく人の気配というか、窓の外から音が聞こえた気がして、オレは窓からグラウンドの方を眺める。
ただ位置が悪く直接は視認できない。先輩を探しにいってみよう、オレはグラウンドへと歩を進めた。

夜のグラウンドは当然ナイター用のライトが点灯しているはずもなく、グラウンドにはただサッカーゴールが対になって置かれているだけ。人影など見当たらず、風の音だけがしていた。
こんな所に何かあるのか?
そういえば、新七不思議だと、ここで人魂を見る事が出来るとかなんとか。
まさか――そう思い慎重に周囲を見渡す。
だがそんな人魂のような光源を発見する事はなかった。それも多分、姫野先輩がエアボか何かで飛び回ってたとか、そんなそんな事を思っていた所で、人魂とは違う違和感に気が付く。
何もない暗闇の先から……なんだろう、音がする――水音?

バシャ、という水がはじけるような音がしている。

グラウンドじゃない、グラウンドの奥にあるプールからだ。
なんだろう、誰かプールにいるのか? こんな時間に?

誰もいないはずのグラウンドを超えて、一段高い所にあるプール、そこへ続くコンクリートの階段を上る。当然、門の鍵はかかっていると思ったのだが、どういうことだろう、鍵がかかっていない。門自体は綴じられているのだが、本来鍵がかかっているはずの場所に鍵が見当たらず、手で押すと簡単に動いた。そのままなるべく音をたてないようにして門の内側へ入ると、続けて更衣室になっている古びたコンクリートの建物へと入った。

プールの授業が選択制で、自分は選んでいないためこの更衣室に入るのは初めてだった。なんだか随分古い感じ、細かく欠けおちてボロボロのコンクリート面がその年季の入り様を物語っている。正面入り口を入るとプラスティックのすのこが置かれており、そこで履物を脱ぐようになっている。とりあえず靴を脱ぎ上がるが、いちいち下駄箱に入れるほどの事はない。
脱ぎっぱなしのまま上がり、正面を見ると、左が男性更衣室、右が女性更衣室。

当然、男性更衣室の方へと進む。

直接更衣室がみえないように2つのコーナーの先に更衣室があった。ロッカーが並び、中央にはベンチが置いてある、イメージ通りのプール更衣室。特にそこに用があるわけではないので、それらを横目に先へと進むと表に出る所に、シャワーと目などを洗うための水道があり、そして50m8コースのプールがあった。一応4つの角に設置された街灯が照らしており、視野は確保できるが、プール中央付近は暗くて表層しかみえない。落ちないように慎重にプールサイドを歩いて回ってみた。
水面に波紋が少しだけ広がっているが、誰かが居るような感じは……先ほど聞こえた水音はなんだったのだろうか?
もしかしてカラスが石でも落としたのだろうか。それならそれで全く構わないのだが、と思いながらくるりと一周したあたりで、足を止める。

――と。

バシャン

大きな水音と共に、プールの中央から人が浮かび上がった。驚いたオレと、その人影の目が合う。
「……あ」
――そこにいたのは、姫野先輩だった。

リボンはしていなかったし、うす暗かったがさすがにその顔を見間違える事はない。と、同時に気が付いた事がもう一つ。水面以下は暗くて分かりにくいけど……先輩が一糸まとわぬ姿であろう事。
いつも無邪気に笑っている印象しかない先輩の顔が一気に赤くなっていく。
「うわぁぁぁぁ」
その姫野先輩が声をあげるより先に、自分が奇妙な声を上げて後ろを向いた。
「……神谷野君?」
「は、はい」
「……どうしてここに……ってか、ありゃりゃ、こんな所を見られたか。ごめんね、驚かせて」
先輩のバツが悪そうな声だけが届く。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
訳がわからなくて、なんかもう必死に謝ってしまう。
「いやいや、私がこんなとこにいるんが悪いんだし――」
先輩は困ったように声があちらこちら揺れている。
「とりあえず出るから、プールの外で待っててもらっていい?」
「は、はい!」
反射的に返事をして、振り返る事なく小走りで男性更衣室へと戻った。更衣室からすぐ外へ出る気にならず、ベンチに座り込む。
正直、混乱していた。
なんで先輩がいるのかもそうだけど、さっきの先輩の姿は。と、顔が熱くなって必死に冷静になろうと頭を左右に強くふる。プールサイドからは水音と共にひたひたという先輩が歩く音が遠くに聞こえていた。
もう何がなんだか……

どうしようもなく更衣室の壁を見上げると、掛け時計の時刻が22時を回っていた。

chapter2-3(終)

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