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chapter 1-2: 電光石火の出会い


食事を済ませると、さっさと着替えを済ませる。別に休日なので、学生証にもなっている先ほどの端末さえ忘れなければ、制服を着用しなければならないなんて規定はなかった――はずだけど、一応白の襟シャツに学校指定のスラックスをチョイス。本来はブレザーの上着があるのだけど、今日は天気も良さそうだし、ネクタイと校章だけ持っていけばいいかな。斜めにかけるタイプのショルダーバックにそれらを入れておく。とりあえずは長袖のシャツとスラックスだけで、学校で誰かに指摘されたらネクタイと校章を付ける事にしよう。それだけ決めると必要最低限の道具を持って、玄関へと向かう。

『翼、自転車デ出カケルノデスカ?』

玄関で靴箱からスニーカーを取り出そうとしていた所で不意にファイが声をかけてくる。
「それはまぁ……いつもそうやって通ってるし」
ファイがそんな事を言うのは、多分自転車の電子鍵を起動しているのが分かったからだろう。学校までは自転車で約20分、通学には自転車という手段も一般的で、自分もその例に漏れず自転車で通学している。

『ボード、ヲ使イマショウ。8分デ到着可能デス』
「ボードって……エアロボードで?」
『ハイ、エアロボード。絵美里カラノ要請、急グベシデス』

ファイに言われて、靴箱から取り出したスニーカーを、とりあえず玄関に置いて考える。確かにエアロボードを使えば自転車より早く学校へ行ける。それに5月とはいえ、今日は結構気温が上がっていそうだし、自転車より快適なのは間違いない。
「でもエアボか……学校側になんか言われそうだな」
『エアロボード禁止、校則検索ノ結果、ソノヨウナ記載ハアリマセン、ソモソモ休日デス。通常ノ校則ニ則ル必要性ガ低イ。翼ハエアロボード、先週再調整シタバカリデス』
「あぁ、あれか……」
そういって玄関脇の壁に立てかけたままになっていたエアロボードに視線をやる。確かにこの前調整を加えた自作のエアロボードがあったな、まだテストランもしていなかったけど……
『【反重力子ドライブ】ノ、リミッタ設定オヨビ最後調整ガ残ッテイマスガ、フルスロットルデナケレバ問題ハアリマセン』
「まぁそうだな。それならボードを起動したらファイがパラメータ監視して、異常があれば即通知」
『リョウカイ』
AIであるファイはその端末をネットにさえ繋ぐ事が出来れば様々な端末間を移動もしくは複製して機器に潜入し、デバイスの状態を確認したり制御を行う事も可能である。ファイの薦めでもあるし、オレはこっちに引っ越して来てからは初めて、エアロボードを手にして家を出た。

アパートの3階から階段を通じて1階に降りると、建物の目の前を通る幹線道路へと出る。

海岸線から1つ内地に入った場所ではあるが、すぐに潮風の香りと共に波の音が響いてくる。一旦周囲の安全を確認して、オレはボードを地面に下ろす。

――――ブワン

落下したボードは地面に叩きつけられる直前に息を吐くような音とともに自然に地面の数センチ上へ飛翔した。歩道を構成するレンガを組み合わせた石畳の上の砂が水面の円形に弾ける。
車輪のないそれは、一般的にはエアロボード、通称エアボと呼ばれるGPドライブ(反重力ドライブ)機器である。
簡単に言えば空を飛ぶスケートボードやサーフボードのようなものだ。空を滑る感覚・独特の開放感から若者を中心に絶大な支持を得ているが、一部の大人、要するに口うるさい【保護者】などからは、安全性など問題視されることも少なくは無い。スピードも高度も出るのだから当然そこに危険性はある。だがサブカルチャーなんてものはいつの時代もそんなものだし、いつの時代も有識者と金持ちの親は若者の世界観を否定するものらしかった。
左足をかけて、続けてそしてスッと体を預けるようにして右足を乗せる。一瞬地面へと傾き、沈みそうになるボードは次の瞬間にはすぐに水平を保っている。
「――――よっ!」
少しだけ体重を前にかける。それまで停滞浮遊をしていたボードはブワンという独特の低音を響かせて、勢いよく前進した。
「っとっとぉ!」
慌ててボードのコントロールを開始する。幸い周囲から車も人も来ていなかったため特に問題はなかったが、オレは決してエアボのライディングが得意というわけじゃない。どちらかというと使うよりも、パーツからこういった機器を作る方が得意だし(このボードもパーツから自作で組み上げたものだったりする)
ドライブの出力操作は単純な前後の体重移動だけというシンプルさ、ゆえに難しい。それにこのボードは最終調整前のため、下手に出力を上げすぎるとデバイスの核となるGPドライブの故障という可能性がある。そんなワケでドライブ出力にも注意しつつ、翼は学校がある方角へと進路を向けた。


  * * * *


まだ夏まではもう少しばかり距離はあるが、今日の日差しはもうどことなく夏の始まりを感じさせるような雰囲気があった。やや熱を帯びた潮風が前髪を弾く。オレは公道と歩道の境目辺りを滑っていく。エアロボードを全速力ではなく緩やかな速度・周囲の景色が流れる様を視認できるレベルで走りながらのんびりと学校へと向かう。ゴールデンウィークだからだろうか、交通量も歩道を歩く人も、平日より多い感覚がある。ただ観光地や商業施設からは外れた場所にあるこのあたりは、長期休暇であっても人でごった返すような事にはならない。良くも悪くもどこにでもある住宅街といった様相を保っていた。
しかし、エアボだとやはり速いな、自転車と違って風に流されているだけだが、気が付けば学校への道のりの半分に差しかかろうとしていた。右手に長い海岸線を望む街道、強い水面の煌きがいかにも日本の原風景といった印象を呼び起こす。

まだ時期としては早いけれど海岸線には海を眺めに来たらしい人たちの姿も見える。
そんな風景を横目にのんびりと走っていた時――――

――――不意に風音に大きな揺らぎが混じる。

それはガソリン車の立てるエンジン音、炸裂音の類ではなく、浮遊ドライブ機関特有のうねる様な甲高い旋回音。
気になって後方へと視線を向けて――――。

「――っ! おわっ!」

視線を向けたのとほぼ同時だった。
振り返ると同時にボードの右側を猛スピードで駆け抜けた小型のエアロバイク。ボードの体制が崩れそうになり、とっさの判断でそのまま歩道へと不時着。タンッ、と地面へと降りて、一応ボードを手に取り視認する。
接触はなかった、ようで外傷などは一切ない。それにしても……

近距離を通過したそれは確かにエアロボードと同様の浮遊機関ではあるが、バイクとなるとエアロボードとは積んでいるドライブの規格は違う。ゆえにトルクも速度もエアボと違うのは分かるのだが、それにしても今のは明らかにオーバースピードだった。制限速度オーバーなら、まぁよくあることだけどそんなレベルじゃない。

――ったく、あぶないなぁ。

ため息を吐いて、再びエアボを地面に落とす。ふわりと浮遊するエアボの様子に安堵し……なんとなく後方を振り返った時、不意に目に入ってきた影。
歩道を猛スピードでこちらへと向かってくる自転車の姿があった。でもまぁそれは普通の自転車で、先ほどの猛スピードとは質が違うのだが。それにしても自転車とは思えないスピードでこちらへとかけてくる。乗っているのはどうやら女の子らしい。ロングの黒髪が勢いよく後方に流されているのがここからでも分かった。
海岸線を疾走する自転車はこちらの姿を確認すると突然ブレーキをかけて止まる。
「――――っ、ハァ……ハァ……ゲホッ、っつ……」
せき込むように、肩から息をしている。
その少女は両腕と顔をハンドルに沈めるようにしていて表情はみてとれない。

「……ねぇ、アナタ!」
顔はハンドルに鎮めたままこちらへと声をかける。そこまで言って、ようやくハンドルへとうつ伏せていた顔を上げた。


「バイク、こっちに来たよね!?」


――――うわぁ……!

腰より少し上くらいまで伸ばしてある漆黒の髪が光をはじく。凛とした端整な顔立ち、緋色の瞳は宝石のように感じられる。均整の取れたスレンダーな体系はモデルやアイドルだと言っても遜色のないものだった。タンクトップにジーンズというスポーティないで立ち、一見するとボーイッシュにも映るその少女は、しかしどうしようもなく可憐に映った。
「……聞いてる?」
「――――えっ、あ……」
声がして意識が現実へと戻る。反射的に彼女に見惚れていた間に、彼女の顔は少し曇っていたようだった。
「あー、えっと、バイクならさっきここで接触しかけたけど……」
さきほどの暴走バイクを思い出しながら言う。

「それ! このまままっすぐ?」
バイクの行き先のことだろう、そうだという意味合いで頷いた。
「サンキュー!」
そう言ってペダルに足をかけて、再びハンドルへ両腕をかけてうつ伏せる。
「――――っ、はぁ……はぁ……っくぅ……疲れるぅ……」

――――まさか、さっきのバイクを普通に自転車で追いかけてるのか?さすがにそれは無茶だ。反重力ドライブの出力に人力で勝負になるワケがない。

……と、少女は息を一つはくと、再び顔を上げる。ピョンと自転車から降りる。
そうして素早くこちらへと近づいてきた。同時に、自転車はスタンドを立てていないのかガシャンと音を立てて倒れる。

「ちょ……!」
その音に驚き慌てて倒れた自転車へ一歩足を進めた時、
「悪い! コレ借りるね」
ちょうど二人の持ち場が入れ替わるように、オレのエアロボードを彼女は手に取っていた。
「えっ……」

――――あれ?

さっきまで右手の肘で挟むようにして持っていたはずなのに?こちらの声をかき消すようにブワンという音が周囲へ響いた。ボードが持ち上がると同時に風が吹く。慣れた様子で少女は飛び乗るようにしてボードの上へ舞い降りると同時にボードは勢いよく前進を始めた。
「ちゃんと返す! いつか返す! きっと返す!」
勢いよく飛び出した彼女の声はあっという間に遠ざかっていく。そうしてエアボの影は遠く小さくなっていった。自転車のハンドルを持って車体を支えつつ、呆然とその姿を見送る。
「――――あれ?」
ふと我に返る。
倒れた自転車を起こして、そして思う。

――――もしかして、泥棒された……?

chapter 1-2 (終)

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