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chapter2-2. 幼馴染と落ちこぼれ


「こらぁ、神谷野! 何考えてるんだ?」
「えっ……?」
不意に教壇からオレを呼ぶ声がする。
「何度お前の名前をよばせりゃ気が済むんだ神谷野! 次の問題はお前の番だろうが。ったく、今週はどうなってんだ」
その数学教師が語気を強める。
気がつけばクラスの視線がこちらに向いていた。クスクスと嘲笑する声が混じっている、そっか、数学は順番にテキストの問題を解くんだったな。
なんだろう、ほとんど同じ状況が今週あった気がするけど。だけど授業がどうとか、そんな事が気にならないくらいに、自分の意識は別の方向へと向いていた。呼びつけられるがままにふらりと黒板の前に向かう。その黒板の右端には今日の日付と曜日が表示されている。
そうか今日は木曜日だったっけ。

  * * * * 


「それで、放課後ずっと姫野先輩手伝ってて、それで翼の意識が散漫って事なんだけど、どう思うカメ」
昼休憩、オレの机を囲むように、絵美里とカメ――いつものメンバーが揃っている。
「でも、1人で大会予選に立ち向かう美少女と、手を差し伸べた男子生徒ってノンフィクション記事なんて相当に面白そうだよな。お前の密着取材してもいいか?」
カメは自身の部活のネタにしたいらしく、軽くメモを取りながらそんな事を聞いてくる。
「取材はやめてくれよ、オレが手伝ってるって生徒会長とかにバレたらまずいんだろ?」
「そりゃまぁ……そうか、めんどくさいだろうな」
生徒会長が絡んでいるためなのだろうか、どうも姫野先輩に関わる人は少ない――というよりいないらしい事をこの数日で実感していた。1人であの部室で黙々と戦ってきたんだろうか、転校生でわずかな関わりしかない自分には知る由もないけれど。

 
絵美里は飲みかけの野菜ジュースを片手に話しかける。
「それで、先輩に頼まれた機体の修理は終わったの?」
「ほとんど終わったかな、まだ何とかしないといけないところはあるんだけど」
この3日間でなんとか形にはなっていた。とはいっても多くのパーツを既存のエアロフレームから流用できたからこその芸当だ。0からこれを全部やれと言われていたら間違いなくできなかった。
絵美里は関心したといった具合に軽く拍手をする。
「さすが。でもまだやる事があるってことでしょ?」
「まぁね、全部が全部って事には行かないし、やっぱり少しパーツとか買い足さないとマズイかなって」
ケーブルの規格だったり、基盤の一部が一致しなかったり、さすがに必要なモノのすべてを流用で片付けるというのは虫がよすぎた。
「それってお金かかるの?」
「まぁそれなりに」
「どうするのよ、その費用?」
絵美里のその問いに、オレはカバンを開けると中から茶封筒を取り出す。
「何それ?」
それを不思議そうに見つめる絵美里とカメに、オレは人差し指で口元を押さえるようにして言葉を制する。そうした後、封筒の口を開けた。

「えええ!?」

声を上げた絵美里に、クラスの視線が集まる。絵美里はハッとして慌てて口を紡ぐ。
「バカ!」
「ごめん……でも何よこれ、現金じゃない」
そう、中には現金が束で入っていた。学生身分には結構な金額だ。
「姫野先輩に渡されたんだ、修繕に必要なものがあったらこれで買ってくれって」
オレが説明すると、2人とも改めてその茶封筒の中身をのぞき込む。
カメは不思議そうに言う。
「結構な金額だけど、これ部活予算じゃねぇよな」
「そう、なのか?」
「当たり前だろ、あんな潰れかけの部活に予算なんて割り当てられてるわけないじゃん」

それはそうか。生徒会に目の敵にされている情報処理部に予算割り当てがあるわけがない。

カメは続ける。
「それで、これっていくらか使ったのか?」
「いや、全然使ってない。なんか怖くてなるべく使わない様にって思ってる」

なんとなく出所が分からない感じがあったし、なるべくならパーツの流用だけで解決したい気持ちもあったので、受け取ったけど使わないつもりでいた。だけど、さすがにパーツ購入の必要がある以上、これを使わせてもらうしかないとは思っている。

「そういや、姫野先輩って結構バイトしてるんだろ?」
「そうなんだ?」
「街中でデリバリー配達してるの、たびたび見かけるぜ? やっぱ美人だし目立つからさ。他の奴からもピザ屋でバイトしてるって聞いた事もあるし、結構バイトかけもちとかしてるんじゃないかな」

確かにこの数日だけだが、放課後先輩は部活には顔を出していない。出したところで練習がやれるわけでもないから、もちろん出てくる意味もないのだけれど……そうか。もしかすると部費がない分は、これまでもバイトをしながら自分で持ち出してきたのかも。そう考えると、ますます使いにくい感じではあったけど……

その日もあまり授業には身が入らないまま気がつくと放課後になっていた。オレはなるべく人目に付かない様にして、情報処理部の方へと向かった。扉を開けると、昨日の様子とほとんど変わらない部室の様子。床には細かなゴミクズが散乱し、作業用の長テーブルには外したパーツや使わなかったネジなど細かな物品が散らばっている。奥のハンガーには、見た目にはそれなりに綺麗になったホーリーナイトと、まるで食べかけの焼き魚の様に虫食いになった1機のエアロフレームが並んでいる。ホーリーナイトはドライブ起動状態となっており、ぼんやりとだがその背面は白く光を放っていた。
修繕にパーツを使ったのは中距離タイプのエアロフレームの方だけ、なるべくなら多くの機体を残すべきだとも思ったので、もう1機には手を入れないようにしていた。配線や細かなパーツはもちろん、基盤からGPドライブ周りのメインボードまで多くのパーツを交換した。幸い、元々ホーリーナイトについていたGPドライブ自体は壊れてはいなかった。

但し、ますますツギハギ感の増したエアロフレームと、抵抗値などの規格が一部合わない配線などがあって、これらはどうにかしないといけないはずだ。
「ファイ、解析は終わったか?」
『解析終了シテイマス』
ポケットに入れていたモバイル端末から声がした。朝の授業が始まる前に、ホーリーナイトに自立型AIであるファイを送りこんで全体の自動解析を行わせておいた。こういう時、人手不足を補ってくれる学習型人工知能は便利だったりする。
『一部規格エラー有、GPドライブノ安定出力ニハ以下ノ改善ガ必要デス』
そういうと、端末に改修が必要なパーツが数点表示された。ケーブル類や基盤など多岐にわたるが、まぁ現実的な金額の範囲だろう。GPドライブの排光が白く光るのも、機体内部の系統がバランスを崩しているだけで、このドライブなら元々は単色の排光が吐きだされるはずだ。別に動けばいいのであれば、ここまででもいいのかもしれないけど、それに気がついてしまった以上は、このまま何もしないわけにはいかない。これは個人的なプライドの問題だ。
それに結果は見えていたとしても、姫野先輩だって出来る限り万全の状態で試合に出たいはずだ。

やはり、パーツは買いにいくしかないな。
そう思って、できる限り最低限の購入で済むように、書き出したパーツリストと共にオレは端末から姫野先輩へその旨を伝えるメッセージを送った。

 ピロン

「早っ」
送ってものの数秒で、メッセージに返信がある。
《お金は使ってください。全部信じて任せるから! よろしく!》

姫野先輩は今どこにいるんだろう。そんな疑問も少しあったけど、考えている時間もあまりない。エース用のドライブパーツ、というのもあるけど、GPドライブ機器の部品となると、当然だが地元のスーパーや百貨店なんて場所では手に入らない。
そういう専門店が数多くある街――つまり、秋葉原へ行く以外に選択肢はないな。

  * * * *


立体感のある白い雲にどこまでも蒼が高く――

連日の晴れ模様に、今年はもしかして水不足になったりするんじゃ、なんて事をメディアが言っていたりいなかったり。現在はお昼の2時過ぎ、クーラーが効いた鉄道の車両内のイスに座りながら目的地への到着時刻予定が表示された案内板サイネージを眺める。デュアルモニターのもう一方には、ちょうど海外情勢や株価のニュースが流れている。

こんな風に電車を乗り継いで、遠出するのは久しぶりだった。


横須賀線、終点は首都東京。普段の買い物なら横浜まで十分可能だし、周囲で手に入りそうにないものも大抵はネット通販大手アマゾネスでポチって買う。現実に何処かに出かけなきゃ買えないなんてものがほとんどなくなっていた。なので本当に久しぶりだ、こんな風に出かけるのは。夕方に1人旅、目的地は電子部品・パーツの聖地「秋葉原」だ。

遥か昔から今まで、電気・電子部品といった工学機器の聖地としてそこに行けば見つからないものがないと言われている。新製品から掘り出し物のジャンクパーツまで、あらゆるものが揃う。
もちろん、GPドライブに関しても、新品のドライブや一般には出回らないアングラなものから完成品のエアボまで揃う。
「そういえば、最近は来てなかったよな」
見慣れた景色、徐々にアキバに近づいていくその車窓を見ながら、オレはそんな風に呟いていた。いつも街全体が特売セールという事で特定の目的がなくてもいつでも辿りつけば楽しめる街、という印象。東京で環状線山手ラインに乗換、そのまま数分で秋葉原に辿りつく。ホームを降りると、階段を下り、電気街口と書かれた出口を目指した。改札を通過する、平日にも関わらず沢山の人の群れでごった返していた。
「相変わらず人が多いな……ここは」
ちょっと人ごみに嫌気というか、ため息が自然と出てしまう。
秋葉原は文化行政特区として国に保護された国家戦略都市であり、マンガやゲームを中心とした日本産創作の聖地として世界地位を確立している文化都市である。いつも日本中から観光に訪れた人たちで、いや世界中の人たちでごった返していた。これが通常営業であり、さらに各種イベントなどが発生した場合は身動きがとれなくなる事も少なくない。
こんな街に一体何の用事が、という事なのだが、そもそもの起こりとしてこの秋葉原は電子部品を扱うマーケットとして栄えた歴史があるらしい。それら電子機器のお店がラジオやアマチュア無線といったケータイデバイスがなかった時代の通信分野の専門家達を支える。そこからパーソナルコンピュータがようやく一部の愛好個人の所有物となりはじめたPC黎明期から、PCを用いた個人による創作、これまでの枠組を外れた作品の扱いを始めるようになり、その流れの結果、電子機器から創作物の街へとシフトしていった。かつてそれらは邪見に扱われていたそうだが、それらの資産価値に気が付いた国家による資産保護が始まった結果、現在では文化発信のための国家戦略都市となっている。

――まぁ、実際に見聞きしたのではなく政経の授業でそう習っただけだが。

ただそんな時代の流れの中で、様々な電子部品やジャンクパーツの揃うメカニック御用達の街、という面はアーケードや裏通りを中心に頑なに守られている。オレが用があるのはそんなアキバがアキバらしくある伝統を守り続ける秋葉原の裏通りだ。駅を出て最初に見えてくる大通りを超えて、裏通りへ入ると徐々に電子の街としての秋葉原が顕現しはじめる。オレはおもむろにポケットから端末をとりだすと、電子メモに記載されたパーツ群を確認する。
一通りそれらを確認した後、トートバックの口を覗き込むと、その奥に大切に入れてある茶封筒を視認した。
「よし、行こう」
気合いを入れるとオレは主要ショップへと向かった。街全体が特殊な空気というだけあって各種パーツが通常の価格からは考えられないほど安価で販売されている。それこそ乱雑にかごに投げ込まれたジャンクパーツのようなものも、見方を変えればお宝の山。そんな街の様子を楽しみながら、しばらく経ったところでGPドライブなどを扱う店舗の前に差しかかり、オレは足を止めた。
とりあえずはここで組み込み基盤を購入しよう。
「いらっしゃいませ」
入口で店員が声かけをしている。
そんな雑居ビルの1F、人が1人ずつしか出入りできない盗難防止用ゲート付き入口を通り、ガラスケースに展示された基盤をみる。もちろんモバイル端末からデスクトップ機まであらゆるデジタルガジェットがPC的構造になっている昨今、様々なサイズの基盤が並ぶ。それはエアロフレームも例外ではなく、AI制御が示すようにエアリアルソニックの機体――つまり先輩の機体もPC的構造部位を持っている。逆に言えば、その部位をこれらのパーツで換装する事は可能だったりするのだ。そういったオリジナルカスタマイズが比較的簡単に行える事も、GP系デバイスの人気の要因の1つだ。
店内を奥へ進んでいくとエアロフレームに専用に用いられる基盤も置いてあった。当然だけど走りながら使う基盤の方が、家でおとなしく使う基盤よりもある種の強さが求められるため値段も高い。振動などにも強くなければいけないし、耐震システムを搭載した箱に入った状態で販売されていたりもする。この箱ごとごそっと入れ替えるだけでほとんどすべてのエアロデバイスに使える、規格は統一されているので買えばそのまま使えるようになっていた。
問題があるとすれば……いや多分ないんだけど民生機という点かもしれない。ただ数字上だけで言えばプロ機と一般流通している民生機を比較してもほとんど差がない時代にはなっている。あるとすれば、責任の所在だけ、プロ機を使っていたから壊れた時に導入した人が言い訳できるといったブランド的意味合いが仕事の場では大きな差になる。普通に展示されているし買えるからレアリティがなさそうだが、少なくとも公道を走るようなエアロバイクなどであればここで売っている基盤と入れ替えてカスタムしたら、一般販売されている標準的なバイクより駆動が良くなるのは間違いない。自分で自由に色んな形に変えられるのが面白いというか。店内には年齢を問わず、そういった世界に魅入られた人達の姿があった。

  * * * * 


目的としていた一通りの買い物を終えた。

なるべく姫野先輩のお金を使わない様にとはしたんだけど、それでも必要なパーツを買いそろえたらそれなりの金額になってしまった。来る前と比較して薄っぺらになった茶封筒を見ながら、1つため息をつく。これでも既存のモノを流用しているので圧倒的に安く抑えられてはいた。本当ならいくら費用がかかっていたのか……エースはやはりお金のかかるスポーツだったりする。すでに改修自体は出来ていたので、もっとパーツ費用を抑える事も出来たとは思う。だけど先輩はオレが中途半端な改修をしたら、おそらくその事に憤るだろう。先輩の事は、まだほとんど知らないけれど、それだけは確信できた。

手にした紙袋の中身を確認する。購入済みのパーツやケーブル、これだけあれば大丈夫だな。
そう思いながら夕暮れのアキバを駅へと歩いてく。そうして駅前の陸橋へと差し掛かったところで、聞き覚えのある女性の声が空から響いた。

「そうですね、大会連覇に向けて頑張りたいと思います」

その声のする方――ちょうど正面の高層ビルの壁面に視線を向ける。そこには大型の街頭ビジョンがあった。
企業広告などが流されるそのモニターに、よく知っている人物のインタビューが映し出される。周囲の多くの人もそのモニターへと視線を向けていた。


「――乙羽」

幼馴染の日向乙羽の姿がそこにあった。見慣れたDGT学園の制服を来て、夏のヴィーナスエースへの意気込みをやや控えめに語っている。自己主張がそんなに強い方じゃないし、どちらかというと口下手な、オレの幼馴染の女の子。そんな彼女は今や国民的スターと言ってもいいほどの人気者だった。
ヴィーナスエース前人未到の3連覇へ。
入学直後の1年の夏からエース級の活躍で戴冠、そして冬の大会では名実共に1年生エースとして君臨した。元々国民的関心事で注目度の高いヴィーナスエースで、これだけ派手な活躍をすればメディアがほおっておく訳もなく、雑誌では特集が組まれ、ファッション誌にもゲストモデルとして呼ばれるなど、本当にアイドルと言っていいような状況になっている。
画面に映る幼馴染であるはずの彼女の顔はよく知っている。そのはずなのに、なんかオレの知っている乙羽とは違う人のような距離感を感じた。

「――翼くん?」

不意に背後から名前を呼ぶ声がして、我に帰る。
振り向くと、さっきモニター越しに目を奪われていた、現役最強の女神がそこにいた。

「乙羽……?」

そう、日向乙羽がそこにいた。
制服ではなくふんわりとした薄手ロング丈の白いスカートに、半そでのTシャツ。やや大きめのキャスケット帽と黒ぶちのメガネはもしかして変装のためだろうか。パッと見てそれが日向乙羽だと思う人は少ないかもしれない。
だけどオレはすぐに分かった。分かるに決まってる。どんな格好をしていても、オレが乙羽を見間違えるなんて事は絶対にない。
「やっぱり翼だ! 久しぶり、だね?」
「あぁ……久しぶり」
DGTから転校して以来、と思うと確かに久しぶりな感じがする。転校するまでは毎日顔を合わせていたから余計にそう思うのだろうか。
「元気にしてた?」
「え、まぁな、乙羽は?」
「私は変わらず、元気だよ」
何を話したらいいのか分からない、そんなオレに対して乙羽はかつてと変わらない優しいトーンで話を進行してくれた。
「翼が元気そうで良かった。それって桜山の制服だよね」
言われて気がついたが、そう言えば学校帰りに直接アキバに向かったので、服装は制服のままだ。
「なんか変な感じ、翼が違う制服来てるなんて。あ、似合ってないって事じゃないからね。ネクタイ、カッコイイし」
乙羽は自分で自分の言葉を訂正するように1人でクルクルと表情を変えながら話す。でもどこかぎこちないというか、無理をして話してくれているような感じがした。そりゃそうか、オレだって気まずくて、何を話していいのか良く分かんない。
「……それで、翼はなんでアキバに来てたの?」
「あ、えっと……ってか、お前はなんでここに?」
「私? 私は自分のインタビューが流れるから一応確認しようかなって……学校から徒歩圏内だしね」
DGT学園は隣駅が最寄駅であり、確かにここならば電車などを使う事なく歩きで来れる範囲だった。そっか、今のインタビューか。
「翼は……ってそれ、もしかして何かのパーツでも買いに来たの?」
乙羽はオレの右手の紙袋を指さした。
「うん。まぁ、そういう事」
なんとなく言いだせなかったけど、指摘されたため素直にそう答える。
「……もしかしてエースのパーツ?」
「そうだよ」
そういうと、乙羽は目を見開いて口元を押さえる。
「翼、エース続けてるんだ……!」
嬉しそうとも悲しそうともとれる、そんな表情で乙羽はオレにそう問いかける。その言葉にどうかえしたらいいのか分からない。きっと彼女が求めている答えをきっとオレは持ち合わせてはいなかった。

「違うそうじゃない。たまたま頼まれ事があっただけだよ。オレはもうエースはしないよ」
「しない? なんで?」
「オレにはさ、乙羽みたいな、そんな才能ないから」
そのオレの言葉に乙羽は強く首を横に振りながら、
「え? ダメだよ、そんなの! やっぱり翼は……翼にはさ……!」
一瞬言葉に詰まって、次の言葉に繋げようとした時

「あれって、日向乙羽じゃね?」
「ウソ!? マジで!?」

周囲一体がざわつき始めた。彼女が乙羽だとバレはじめたらしい。乙羽もその様子に、小さくため息をつく。
「ごめん翼、ちょっとまずそうだから逃げるね。またちゃんと話そうよ」
そういうと、その可憐な容姿からは想像もつかない鮮やかな身のこなしで、駅前陸橋から地面へと飛び降りる。

ざわつく周囲を置き去りにして、乙羽はあっという間に姿を消した。

周囲のざわめきはまだ収まりそうにない。
アキバという街が特別エースに敏感なのかもしれないけれど、ただオレの幼なじみは間違いなくスーパースターになっていた。

――凡才のオレを置き去りにして。

chapter2-2(終)

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