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孫子の兵法から考える医療の質の評価

さて、今日は2回目の投稿になりますが、医療の質はどう評価するのが良いだろうか、という事について考えてみたいと思います。

医療の質と聞くと、最先端のテクノロジーを使って難しい病気を治せる事、或いは超難しい手術を神の手と言われるようなスーパードクターがやってのけるような高い技術のことを想像される方も多いのではないでしょうか。また人によっては病院のシステムがとても効率的で、ミスが起きにくく、全てガイドラインに沿った治療が提供されるようなところを想像される方も多いと思います。

今日はそんな多くの人にとって関心が高く、また先進国として高い水準のものが求められるこの医療の質というテーマについて、現状どう評価しているのかということと、私が考える全く新しい角度からの医療の質の評価の仕方を提案したいと考えています。

Donabedian model

医療の質を評価して改善させるためには、まず、医療の質そのものを科学的・定量的に測定することが必要です。医療の質を評価するための視点として、最も有名なのがアメリカのドナベディアン博士が示した3つの評価軸に分けて評価する方法です。

3つの評価軸とは構造(structure)、過程(process)、結果(outcome)です。

▶️構造(structure):いわゆるインフラの事で、病院の設備、ベッド数、医師や看護師の数など。

▶️過程(process):適切な医療が提供されたかどうか。例えば心筋梗塞を起こした患者に適切な薬が処方された割合や、糖尿病患者のうち適切に血糖コントロールされている人の割合など。

▶️結果(outcome):患者死亡率、満足度、身体機能(麻痺やその他の障害の有無など)、QOLなど。

この3つの軸に沿って評価すれば総合的に医療の質を評価できるのではないかという事で、優れた方法として一般的に最も使われる評価方法です。

日本でも、厚生労働省により医療の質の評価・公表等推進事業が実施され、様々な指標を用いて医療の質を評価・公表するよう努力がなされています。どんな種類ものがあるかというと、

①入院患者満足度 ②外来患者満足度 ③職員満足度 ④転倒・転落発生率
⑤インシデント・アクシデント発生率 ⑥褥瘡発生率
⑦中心静脈カテーテル挿入時の気胸発生率 ⑧キャンサーボードの開催
⑨麻薬処方患者における痛みの程度の記載
⑩急性心筋梗塞患者におけるアスピリン投与 ⑪Door-to-Balloon
⑫早期リハビリテーション⑬誤嚥性肺炎患者に対する喉頭ファイバースコピーあるいは嚥下造影検査の実施率 ⑭血糖コントロール 
⑮予防的抗菌薬の投与 ⑯服薬指導 ⑰栄養指導
⑱手術患者での肺血栓塞栓症予防・発生率 ⑲30日以内の予定外再入院率
⑳職員の予防接種率 ㉑高齢者における事前指示(ACP)
㉒広域抗菌薬使用時の血液培養 ㉓地域連携パスの使用率

とても多くて複雑な印象ですよね。。

そこで私は、もっとシンプルに本質的に医療の質を評価できる方法はないかという事を考えました。しかし、それを考えるには前提として、そもそも医療の究極のゴールって何?というところが明確になっていないと医療の質を高めるべき方向性が見えなくなってしまいます。そこで『究極の医療とは何か?』というところから先に考えました。

医療の4つの目標

まず医療はどこに向かえば良いのか。これを考えるにあたって、2008年に米国のDonald Berwick先生が提唱した医療の3つの目標(Triple Aim)というものがあります。その3つとは、①個人のケアを受ける経験の改善、②住民の健康改善、③一人当たりのコスト減少です。

しかし、これを目指せば目指すほど、医療者への要求水準が高まり、医療者は疲弊し、やりがいを見失い、現場から去っていったという背景があったそうです。そこで、2014年にBodenheimer先生が、これに4つ目の、医療提供者の働き方の質を改善することを加えて4つの目標(Quadruple Aim)という形にまとめて提唱しました。3つの目標も、この4つの目標も家庭医療の分野で多くの教えを頂いた尊敬する岡田唯男先生から紹介して頂いたものです。

医療の4つの目標(Quadruple Aim)
①個人のケアを受ける経験の改善
②住民の健康改善
③一人当たりのコスト減少
④医療提供者の働き方の質を改善すること

しかし、これを見ても私にはどうも医療の目指すべき本質を正確に捉えたものではない気がしていました。いや、これらは全て正しいし、理想的ではあると思いますが、私にはもっと根本的に大事な本質があるのではないかという感覚を持っていました。

そこで東洋医学に関して師事している先生がよく仰っている、「東洋医学を学びたければ中国の古典を読め」という言葉を思い出しました。「中国の古典には原理原則、物事の本質がたくさん詰まっている。」と。

孫子曰く、『よく兵を用うる者は赫赫の功なし』

そこで私は孫子のこの言葉を見たときに、究極の医療とはまさにこのことだと思いました。

この言葉の意味するところは、優れた戦術家ほど目に見える功績がないということです。つまり、戦いに長けた戦術家は戦争が起こる前に戦略的に優位に立てるので、相手は攻めることができず、戦争を起こさずとも相手に勝つことができるということです。

これを医療に置き換えて考えてみると、優れた医療或いは医療者は病気が起こる前に戦略を立てて対策が取れるので、病気になる人が出てこず、目に見える功績がないということ。つまり、病気で運ばれてくる人に対して、高度な技術や治療で「治してやったでー」と言っても、それは医療としては二流だということです。

究極の医療

それでは究極の医療とはどんな医療でしょうか。
逆説的な言い方になりますが、それはこういう医療なのではないでしょうか。

地域の人が病気にならず、医療の世話にならない医療

私は医療が目指すべきゴールはここにあるのではないかと思っています。つまりそれは、一言で言うと予防医療に他ならないと思います。

似たようなことが理想になる職業では、警察官や消防士さんのお仕事も、犯罪が起きないようにすること、火事にならないようにすることというのが最も高いゴールだと思います。つまり暇になればなるほど、その職業の仕事レベルが高いことを意味しています。かといって、暇だから人員削減をしたり訓練を怠ると、一気に質が下がっていきます。なのでこういった仕事に携わる人は、暇であることが大事ですが、その間にしっかりトレーニングや勉強をしておく事が大事なんだろうと思います。

新しい医療の質の評価方法

それではまとめに向かっていきます。

究極の医療のゴールを設定した事で、ようやく医療の質をどうやって評価するのかと言うことを議論できます。地域の人が病気にならず、医療の世話にならないと言うのは、指標で表すとどうなるでしょうか?

病気にならないようにすると言うことはつまり一次予防ということです。一次予防というのは、理想的な食事や運動、睡眠などの生活習慣を身につけることに他なりません。その結果、病気にならないから健康寿命が長くなります。そして、理想的な生活習慣を身につけるということは、基本的に自分の生活を見直す事なのでコストがほとんどかかりませんし、病気にならないから医療費もかかりません。

つまり、私が考える医療の質の評価基準はこの2つです。

「健康寿命」と「国民一人あたりの医療費」

この2つの指標を使って、世界各国の2016年時点の現状をグラフで作成すると下のようになります。健康寿命が最も高いのはシンガポールで、日本が2番目になりますが、日本の方がシンガポールと比較して一人当たりの医療費が高いです。一人当たりの医療費が最も低いインドは健康寿命は60歳もないようですね。一方、米国はどうでしょうか。かなり外れた位置にありますね。米国の一人当たりの医療費は世界の中でも群を抜いて高くなっていますが、健康寿命は70歳にも達していない事が分かります。つまり、医療費がかかっているにも関わらず、健康寿命が低いということになってしまいます。世界の中でも医療技術的にもエビデンスの数でもトップを走っている米国ですが、私の作った指標で見ると、米国の医療の進むべき方向性は本当にこれで良かったのかなという気がします。

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このグラフは健康寿命を100歳をmaxとして仮に設定した上で作成しています。これを80歳にするか何歳にするかは、私たちがどれぐらい長い健康寿命を求めるかによって変わってくると思いますが、大事なことはこれがグラフの左上にあればあるほど、その国の医療の質が高いという事です。つまり、一人当たりの医療費がかからないのに、健康寿命が長い事を意味します。これが目指すべき質の高い医療ではないでしょうか?この指標で各国が競い合えば良いのではないでしょうか?

では、これを国ごとに数値として比較するにはどのようにしたら良いでしょうか?これには下の図のように各国の点から三角形を作り、その斜辺の長さをそれぞれ求める事で比較できるのではないかと考えました。
そうです、中学校で習った、√(ルート)aの2乗+bの2乗です(私は忘れていたのでググりました(笑)。且つnoteで√(ルート)aの2乗+bの2乗を書くにはどうしたら良いか分かりませんでした。汗)。それが小さければ小さいほど、三角形の斜辺の長さが短い、つまりグラフの左上に近づくことになります。
ちなみに、一人当たりの医療費が低くて健康寿命も低い場合と、一人当たりの医療費が高くて、健康寿命も高いというのが左上から同じ距離だった場合、どちらを選ぶかは国民が決めたら良いと思います。おそらく最終的には健康寿命のためにはこのぐらい医療費がかかってもいいかなというバランスの良いところを目指していく事になるのではないかと思いますが、いずれにしても左上からの距離の短さが医療の質を評価する指標になるのではないかと思っています。

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そこで、それを短い順に並べ替えると下のようになります。なんと、100歳を健康寿命のmaxと設定すると、中国が最も医療の質が高いという結果になりました。中国は人口統計も報告されているよりも多いと言われており、その報告されていない人達(戸籍に入っていない人達)はそれ以外の人達より健康寿命が短い可能性があるので、これが正確かどうかは分かりませんが、一つの参考として、一つの医療の質の評価指標の案として考えて頂ければ嬉しいです。もちろん、これはGDP補正などもしていないので、改良の余地はあると思いますが、今回はこの2つの評価軸を使って評価していくのはどうでしょうかという提案をさせて頂きました。考えてみれば当たり前のことのような気がしますが、これを提唱している人は誰もいないように思ったのでブログで書かせて頂きました。学会に発表しても良いと思いましたが、もう少しGDP補正などをした方が良いかなど検討中であることと、大事なのは医療の向かうべき方向性を多くの人と共有したいと思ったので一旦こちらで投稿する事にしました。

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最後に

2回目の投稿でしたが、かなり本気全開で長々と書いてしまいました。毎回このぐらい本気を出していると長く続かないので、次回からはもう少し気楽に書いていこうと思います。しばらくは医療に纏わる話が続くのではないかと思います。

それでは、最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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