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『白』

 なぜ僕が一人でお好み焼きを受け取りに行かなければならないのか。
 久々に地元に帰ってきたらこれだ。年の瀬になってまで、彼女に使われてしまった。まあ、適当に買ってきただけの土産にあんな表情されたら、僕は断れやしない。

 気づけば、彼女と別れて2年が過ぎていた。当時の彼女は僕に付いてくるべきではなかったし、遠い街でしか内定を貰えなかった僕が、遠距離での関係を提案できるはずもなかった。

 そんな僕らはもう恋人同士ではないから、今日会う約束は先週まで交わされていなかった。もちろんお互いに無理に会う必要もなかった。


 今日はただ、僕がお好み焼きを受け取りに行き、彼女は部屋でこたつに入り僕を待っている。それだけだ。ややこしくない関係だ。

 この町の冬だってややこしくない。こんなにも白いのだから。

 たった一晩で、町が白くなった。この町の雪はあの頃と同じで、道の色も車の色も、大した意味をなさないくらいに染めてしまう。

 音だって白い。町ゆく車が踏み固めた雪と、新しく降る空気を含んだ雪が、そこらじゅうで一緒になって町の音を吸い込む。

 ここにある雪達は、色も音も白く染めてしまう。

 彼女に握らされた五千円札をポケットに突っ込んできた。
 僕はお好み焼きを受け取って、何枚かの千円札と少しの小銭をポケットに突っ込む。ビニール袋の隙間からお好みソースの香りが流れてくる。その香りは、冷たい風と空気によって長い時間滞在することはない。

 雪は、匂いだって白く染める。

 こんな白い町で、誰がどこで何を喋ろうが、誰も気にしちゃいない。
 僕が冬の歌を口ずさんだところで、誰の迷惑にもならない。

“ぼーくらーの町にー
 ことしも ゆきがーふるー”

“みーなれーた 町にー
 しろいー ゆきがー つもる つもるー”

 冷たくなった手を、冷たい小銭の待つポケットに入れる。靴の中の指先も冷えて縮こまっているだろう。

 僕は、この白い町で、あと何日、何をして過ごすのか。

 まあ、いいや。とりあえずお好み焼きが冷めないうちに帰ろう。

 その先は、ややこしくない関係の彼女と、少し話してから考えよう。
 
 
 


 
(おしまい)

※歌詞引用
『雪が降る町』(ユニコーン)


 
このお話は以下の企画に参加しています。

僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。