『対価』
広めの部屋に越してきたからと言って、提出する書類は毎度変わらない。僕は新しいダイニングテーブルの上で、種々の振込先を記入していく。
それは僕と彼女が支払うべき金銭で、僕の頭を流したり彼女のお尻から滴る水のための対価だ。そして、就寝前のしばらくの時間には必要としない電気のための対価であったりもする。
その電気は、僕の手によって早々に設置されたテレビを赤々と稼働させている。
幾何学模様が並んだバカでかい絨毯の上で、それを見る彼女の後ろ頭しか僕には見えない。
「なあ、ハンコどこに入れた?」
「んんー?」
疑問形の返事をしておくだけしておいて、彼女のお尻はそこから浮かない。投げ出された両足は、既に室内用の黒いジャージに包まれている。その手前の絨毯の縁には、彼女の辿ったままの配置で動かない新品の白いスリッパ。
僕の目に映る物で、動く意思を持つのはテレビの画面くらいだ。僕は別の部屋の段ボールからハンコを掘り当てた。
「なあ、糊ある?この封筒、糊がいるやつだったわ。」
「んんー?」
知っている。そう言うのはもう知っている。引っ越しのあとは、嗅覚を鋭くする必要があるらしい。僕はものの4分で糊を掘り当てた。
「なあ、この近くってポストあったっけ?なんかめんどくさいなこれ、電子手続きとかないんかな?」
「んん-?」
彼女の方がめんどくさいとは口が裂けても言えない。そして聞く先を僕は間違えていた。そして、僕ももう色々めんどくさくなった。
相変わらず、投げっぱなしにしている細く長い彼女の両足が目に入る。その間にある彼女の恥ずかしいものに手を出そうと、背後から近づく。無言で手を突っ込んで、食ってやろうと思う。
新しい絨毯が僕の素足をくすぐる。
彼女の股の間に一気に手を下ろす。
「ああー。わたしの芋けんぴ食べた!勝手にたべた!」
「何?聞こえない。さっきも芋けんぴ食ってたから聞こえなかったんでしょ?」
「んんーーー。しらない!」
「はい。じゃあ、勝手に食べます。これは僕が労働によって得る対価です。」
「ああああ、芋けんぴはやめて!もっと別のあげるから!」
「じゃあ、君が食べたい。」
「は?」
芋けんぴが僕のこめかみに刺さった。幸い、血は流れなかった。
(おしまい)
僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。