ゆらゆらと次元を漂流する先に見えたもの―長瀬有花「Alook」ライブレポート―
僕は長瀬有花が不思議でならない。
彼女がどんな姿でも、どこにいても、僕は長瀬有花を長瀬有花として認識できる。youtube・Tiktok・youtube short・生配信と全て見える姿は違うはずだ。しかし、ゆらゆらと揺れる彼女を見るたびに、つい長瀬有花ワールドに引き込まれてしまうのはなぜだろうか。
2022年2月19日、長瀬有花の1stワンマンライブ「Alook」が開催された。
定期的な生配信を除くとライブは昨年9月の「プロムナード」以来であり、1stアルバム「a look front」をひっさげてのバースデーライブだ。
「Alook」開催に際して記念HPの作成やレトロなグッズが発売され、僕のテンションも徐々に上がっていった。特にHPは平成レトロとして非常に話題になった。
僕はポータブルカセットプレイヤーで音楽を聞くことが初めてだった。小さくても重厚なプレイヤーの中でくるくると歯車が回っていた。テープの再生中、じ~と鳴るテープ音が新鮮で面白かった。
ライブ前は永遠にこのプレイヤーで「a look front」をループ再生していたので、ライブ音源をPCで聞いたときに音質に感動してしまった。少しの間、僕の感覚も一昔に戻っていたのかもしれない。ライブ前から僕は長瀬有花ワールドに浸かっていた。
異次元漂流教室
ライブは1stアルバムA面のイントロ曲fake newsからスタートした。
fake newsは長瀬有花のもつ不思議な世界観に一気に引き込んでくれる。オートチューンがかかった彼女の声によって、様々な世界観のニュースが伝えられる。それは、ここが長瀬有花がいる「異次元漂流教室」であると教えてくれる。
「ぴ~んぽ~ん、ぱ~んぽ~ん!」
いつもの合図とともに長瀬有花のライブが始まった。長瀬有花といえばいつもこのおちゃめな合図から始まる。
続けて流れたのは「ライカ」。「何やってもうまくいかない」でバズっている作曲家meiyoさんから提供された曲で耳に強烈に残るメロディーラインが特徴的だ。サビにかけてキレの強い曲だけれど、長瀬有花の脱力系の声質となぜかよく噛み合う。
(顔が近いアングルが多くてガチ恋しそうだった……)
ドキドキしていると長瀬有花の代表的なカバー「オドループ」のイントロが流れる。アップテンポのダンスミュージックが続き、僕のボルテージも一気に上がった。チケットのグッズにカスタネットが付属していた理由も納得できるセトリだ。眼前の長瀬有花も楽しそうにずっとポーズ決めていて、そのまま流れるように「YONA YONA DANCE」、「ハイド・アンド・ダンス」へと続く。
長瀬有花はよく揺れる。TikTokでもそうだし、Youtubeの生放送でもゆらゆらしている。それが不思議と可愛くて彼女の大きな魅力になっていることは間違いない。今回のライブでも彼女は歌に合わせて大きく揺れていた。つい踊ってしまったと表現されるような、軽快で無邪気なダンスは絶妙な緩さと可愛さが相まって否応でも眼が釘付けになる。
「この漂流次元教室では二次元も時間も溶け合って混ざり合います。駆けて駆けて、止まって止まって……そんな風に歩き続ける自分を見ていて下さい」
彼女がそう言うと、彼女の姿がすっと新衣装へ変わった。
か、可愛すぎる……
正直、一番のサプライズが新衣装の素晴らしさだった。僕のスクショ力では長瀬有花の魅力の10分の1も引き出せていないと思うけれど、厳選したコレクションを掲載していくのでぜひ惚れてほしい。
長瀬有花のあどけなさを残しつつ、少し大人びた印象もある新衣装。彼女はこれを纏い、初めてのオリジナル曲「駆ける、止まる」をゆったりと歌う。
(や、八重歯です、奥様。これ以上は僕の心臓がもちません!!!)
次曲の「水星」は教室もがらっと変わり、水の中にいるかのよう。水星はクラブシーンでよく流れる曲であることからも、漂流教室の時間が刻々と夜へと変化していることが分かる。
水星を歌い終えると、教室の窓から朝日が差していた。すると、朝らしい爽やかなギターのイントロが流れ、くるりの名曲「琥珀色の街、上海蟹の朝」を瑞々しく歌い上げる。長瀬ラップと呼ばれる軽快で愛おしい歌声が耳に溶けていく。追いかけるように、彼女のオリジナル曲「とろける哲学」へと続く。優しく撫でるような歌声がさらに世界を溶かしていく。
(にゃーのシーン。かわいいね)
ゆらゆらと揺れる彼女を取り囲むようにぐるぐると回るカメラワークも秀逸だ。その姿に思わず見惚れていると、背後に大きなケーキが出現した。
そのまま長瀬有花のバースデーライブだとファンに思い出させてくれる一曲、「空色ケーキ」を熱唱。背景は洗濯機や標識、ポストに巨大ケーキと、なかなかカオスなことになっているが、不思議と長瀬有花の背景として違和感がないのは彼女だからだろうか。
「空色ケーキ」が終わると、カメラが時計の方向を向く。時間はすでに止まっていた。
「長瀬有花はあなたの時間に顕現することによって永遠を失いました。一つの次元に留まり、長瀬有花という存在を求めていたという人もきっといたと思います」。
長瀬有花は普段自分のことをあまり語らない。ライブという晴れ舞台だからこそ普段の活動について――Vtuberとしては異質で不思議で特別な"長瀬有花"という活動について自身の気持ちを吐露した。
「それでも、次元を超えることを選んだのはみなさまと同じ時間を生きて、同じ景色を見て同じ音を聞いて同じ匂いを嗅いで……そんな同じ次元を共有することが二度と戻らないかけがえのない時間を作ることだと思ったからです。永遠だと思っていてもいつか終わりが来るように、それが誰の元に来るかは神様にしか分かりませんが自分は歩み続けたいと思います。歩き続けます。永遠に残る思い出を限られた時間の中で作り続けていきましょう。世界が長瀬に染まるまで」。
そして新曲「かたどられたばしょ」が披露された。ゆったりとしたエレクトロポップチューンでどこか近未来的な雰囲気を感じる。
背景も大きく変わり、ブラウン管に囲まられた空間で長瀬有花は歌う。背景奥のブラウン管には3次元の長瀬有花の姿が見える。この構図は普段長瀬有花が配信している構図とは真逆のものだ。
背景空間にはジクソーパズルが浮かび、異次元漂流教室が徐々に崩壊していることが示される。次元の壁が曖昧となってきていることを感じられる。
次曲「異世界うぇあ」になると、教室の造形が保てなくなり、ネオンライトのように輝くオブジェクト空間に変化。また、彼女の歌声もCD音源よりもより強く思いを込めて歌い上げている印象を受けた。演出も相まって、先ほど吐露した長瀬有花の心情がずっしりと伝わってくる。
歌唱後、僅かな沈黙ののち、長瀬有花は僕たちの視点であるカメラを教室の外へ運び出した。
すると、突如切り替わったパソコンのエラーウインドウ、そして続きを見ますか?"という文字が。OKを押すと、次元情報を収集し、再起動。
三次元顕現ライブ
カメラは小さな舞台へと移され、そこにはギターをもった長瀬有花がいた。ファンならご存知だろう。この一年間、長瀬有花はずっとギターの練習を続けていた。彼女の配信や動画には弾き語りのものも多く、彼女自身による弾き語りは好評なコンテンツの一つだ。堂々とギターをもち、バンド編成で歌い上げる姿を見て、思わず感動したファンも多いだろう。僕は泣いた。
この頃から上手くなっている気がするのは気のせい?
アコースティックの音は漂流次元教室と違って、独特の雰囲気を醸し出す。1人の弾き語りとは異なり、バンド形式で音も重なる。素晴らしいとしか言いようがない。
続く曲は「新宝島」。まさかこの曲が来るとは思わなかったから驚いた。
いつだって長瀬有花は楽しそうにステップをしながら歌う。身振り手振りが激しくて、こっちまで楽しくなってくる。この表現力こそが長瀬有花が長瀬有花たる所以なのかもしれない。
最後のサビは思わず声が上ずっていて、彼女自身も心の底から楽しんでいることが伝わってきた。これはライブならではの魅力だ。
そして、最後はアルバムの最後を飾った「オレンジスケール」。円盤とは違い、ロックアレンジが施されており、新鮮な気持ちで聞くことができた。
長瀬有花はオレンジスケールのコメント欄にて「学校の帰り道に夕暮れを眺めながら聴いて泣きそうになった曲です。あたたかい。」と綴っている。
個人的にオレンジスケールは長瀬有花の生き方、存在、葛藤が表現されていると思っている。色んな思いを抱えながらも、日々を前向きに進んでいくことを示した歌詞はライブを総括するに最適な曲だ。
エンドロールで流れた楽曲はボーナス・トラックとして収録されている「駆ける、止まる(2)」。これは、ライブチケットを購入したファンのコーラスが挿入されている特別バージョンだ。今回のライブを締めくくるに相応しいだろう。
「ありがとうございました。長瀬有花でした。また新しい次元でお会いしましょう」
その言葉でライブは締めくくられた。さて、次はどの長瀬有花ワールドに迷い込んでしまうのだろう。僕はもう楽しみにしている。
総括
長瀬有花特有の世界観、長瀬有花だからこそできる表現を存分に味わったライブでファンとして最高のものとなっていた。この体験はどんなライブに行っても味わえないだろう。また、ライブに向けてアルバムリリース、グッズ販売、HPなど常にファンを喜ばせてくれた。「a look」はその全ての集大成となったライブになり、長瀬有花の1stは大成功と言えるのではないかと思う。
そして、ライブに関わったRIOTの関係者方に相当なクリエイティブにも感服させられる。異次元漂流教室は細かいオブジェが本当に凝っていて(標識のUターン禁止とか)、何度も見返す価値のあるライブになっていたのが凄いと感じた。一番のサプライズとなった新衣装も素晴らしく、思わず見惚れてしまうほどだった。
まさに「a look」(みて)と言えるライブになったのではないか。だつりょく系アーティストとは思えないほどに画面から視線が離せない。晴れ舞台の日に、楽しそうにゆらゆらと揺れている長瀬有花を見ることができてファンとして幸せだった。長瀬有花なら、来年、再来年もみんなで「a look」できると確信することができた。ありがとう。
PS.長瀬有花ワールドについて
この記事を書きながらずっと長瀬有花のことを考えていた。
これをもしかしたら長瀬病と呼ぶのかもしれないけれど、ライブ前からずっと考えていた。いくつか言語化できたので、書き綴る。
・カルチャーの先人へのリスペクト
a lookで使用されたHPやカセットプレイヤーなど今回のライブは平成レトロと呼ばれるコンセプトで行われていた。アルバムのCDもPS2風の装飾となっている(凝っててすごい)。
これは今回のライブだけではなくて、長瀬有花の世界観は昔からどこか平成レトロを醸し出している。
長瀬有花といえばブラウン管のイメージをもつ人も多い。彼女の配信ではたまに使用されるし、前のライブのプロムナードではミニブラウン管テレビが傍に寄り添っていた。時間と次元を超える彼女を表現するために、時間と次元の両方のノスタルジーをもつブラウン管テレビは最高の相棒なのだ。
そして、ブラウン管とVtuberという思いがけない場所にある違和感が長瀬有花ワールドをより魅力的にしていると感じる。
また、Vtuberカルチャーはキズナアイ以来先進的なものと結び付けられて発展してきた。代表的なものがVRだし、NFTなども最近の流行りだ。しかし、カルチャーとは連続的なものだ。現在の全てのクリエイター・エンターテイナーは彼らが創ってきた下地の上で成り立っている。
これらのモチーフは長瀬有花は平成を彩ってきたポップカルチャーを忘れないという意思表明なのではないだろうか。
他に彼女がリアルに拘っているのも、先人へのリスペクトがあると感じる点だ。
彼女はMCの中で「永遠に残る思い出を限られた時間の中で作り続けていきましょう」と言った。
過去の先人たちは生でやり直しが聞かないからこそ限られた時間の中で命を燃やすことができたし、限られた一生で大きな感動を届けることができた。だからこそ、長瀬有花も私たちと同じ世界に顕現したし、最後はリアルで締めるというセトリ構成になったと思った。
・多様な長瀬有花という存在
長瀬有花は様々な場所で長瀬有花として現れている。
そして、どれも長瀬有花は長瀬有花だ。常にそう見えるって相当凄いと思っていて、どんな姿であっても長瀬有花は長瀬有花でいてくれる。
僕は毎週のyoutube shortが大好きだ。ここで強張っている長瀬有花もちゃんと長瀬有花だ。決して別のキャラクターではない長瀬有花でリアリティがあっていつも楽しみにしている。
また、TikTokではお得意のダンスも披露している。
Youtubeは3次元のときもあったり、2次元のときもあったり、弾き語りのときもあったりととにかく多様だ。
長瀬有花はなぜこれほどまで多様な姿で僕たちの前に顕現してくれるのか。ファンとしてコンテンツが多様で本当に飽きない。
クリエイティブに向き合う姿勢は生粋のエンターテイナーだと思うし、本当に努力家で様々なことに挑戦してくれている。
僕たちを楽しませるために様々な方法を取る彼女に感謝しかない。
世界が長瀬に染まるまでずっと応援します。もう僕は魅せられてしまった。
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