マンゴーの力、海の力
発熱して、胃もものすごく調子が悪い状態で何とかバリに到着し、その日の夜は日本から万が一のために持ってきた味噌汁と梅干を食べて寝た。(まさか初日に「万が一」がくるとは思わなかった!)
次の日も熱が下がらず、がんがん汗をかきながら昏々と眠り続けていたのだけれど、午後3時くらいに、ふと、何かを食べてもいいかなという気持ちになった。
部屋にある食料は、前日に何とかスーパーに行って買ってきたマンゴーだけだった。他のフルーツも買おうと思ったけれど、何だか惹かれなかったのだ。
普段食べていないフルーツだから、お腹には刺激が強過ぎたりしないだろうか、と、ちょっと不安に思いながらも、とりあえず切ってみた。
濃い色のみっちりと厚い果肉を目で見ている時も、まだ大丈夫かどうかわからなかったのだけれど、一口かじった途端、からだ全部が大喜びするのがはっきり感じられた。「これこれ!」という声が聞こえてきそうなほど。
そのまま汁がぼたぼた滴るのも構わず、マンゴー一個、むさぼるようにあっという間に食べた。一口ごとに、身体に力が湧いてくるのがわかった。
身体が欲するというのはこういうことをいうんだなあと、しみじみ思った。
少しでも欲していない物を口に入れたらすぐに吐き出してしまいそうなくらいの体調だったからこそ、反応がものすごく如実だった。
マンゴーを食べたら文字通り生きる気力が湧いてきて、少しだけ街に出かけて、両替をするとかSIMカードを買うとか、必要な用事を済ませることができた。
その後も2日間くらい、基本はフルーツばかり食べていた。
新鮮なフルーツが強過ぎてつらい時もあるかもしれないし、ほんとうに、その人の身体の性質と状態によるのだけれど、その時の私には、この土地でとれた新鮮な果物を食べるということがとても良かったのだと思う。
特に、マンゴーとドラゴンフルーツが良くて、今でもほぼ毎日食べている。
タイに行くとしょっちゅう食べているパパイヤは、今はあまり欲していないらしい。フルーツなら何でもいいわけじゃなくて、その時、その土地で違いがあるのも面白い。
もうひとつ、身体のスイッチを入れてくれたのが、海だった。
体調を崩したので、最初は2泊だけ泊まる予定だったサヌールに結局4泊したのだけれど、後半ちらっとビーチに散歩に行ったらすごく気持ちが良くてどうしても泳ぎたくなって、まだ咳がげほげほ出ているのに構わず、水着の上に一枚羽織って水だけ持って海に入りに行った。
ざぶざぶ沖までは行かなかったけれど(ジェットスキーが勢いよく走っていたし)、浅瀬で波間に漂ったり潜ったりして、浜でごろごろしながら日差しを浴びて、また波に揺られて…をしばらく繰り返しているうちに、また、どんどん元気が出てきた。
だいぶ昔に読んだ吉本ばななさんのエッセイで、確かギリシャに行った時に、風邪をひいていたのだけれど、ええい、と海で泳ぎまくったら治った、という話があった。
その時の私は、病気の時は寝て休むのが一番いいと頭で思い込んでいたので、風邪をひいているのに泳ぐなんて…!とびっくりしたのだけど、今は、泳ぎたくなる気持ちも、それで治ってしまうという感じもよくわかる気がする。
やさしく身体を包んでくれる海水から、降り注いでくる太陽の光から、身体がぐんぐん力を吸収しているのが理屈ではなくはっきりと感じられたのだ。
常に海に入れば風邪が治るかといえば、それも人と状況によるとしかいえないけれど、海の近くで生まれ育って、寒い季節でも海に行くと裸足になって足をつけたくなるくらい、海水に触れるのが好きな私にとっては、海は力の源のようなところがあるのだと思う。
身体はいつも、何が自分にパワーをくれるかわかっている。
具合が悪い時には、特に。
私たちはただ、それに耳を澄ませることを忘れないようにしていればいい。頭で先走らずに。理屈をつけずに。
あれからウブドに移動して、今は咳だけ残っているものの、すごく元気です。
海と、太陽と、新鮮なマンゴーを通して、バリの力強い生命力を分けてもらったような気がする。