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Vegetables!

 私がはじめてベジタリアンの人に会ったのは、十五年前くらい、カリフォルニアのロングビーチに住み始めてすぐだった。同じ創作プログラムの一学年上の子が、なにかの話の流れで「私、ベジタリアンだから」と、教えてくれたのだ。(それまでも絶対まわりにベジタリアンはいたと思うのだけれど、身近で公言している人ははじめてだった。) 
 その頃の私は、肉も魚もがっつり食べていた。父が肉が大好きだったこともあり、なんなら肉っ気がなければ食事じゃないくらいに思っていた。
 なので、思わず、「肉も魚も食べないなら、なにを食べるの?」と聞くと、彼女は大きな声で堂々と「Vegetables!(野菜だよ!)」と、答えた。
 そりゃそうだ。
 でも、野菜だけで満足できるんだろうか、物足りなくないのかしら、とか、栄養は足りるのかな…とか、なにせその時は実際にベジタリアンを通している人と知り合うのがはじめてだったから、いろいろなことが不思議だった。
 そして、当時はそこまでベジタリアン用のメニューが普通になかったので、キャンパスのパブでみんなで頼んだナチョスのひき肉がかかったところをよけながらチップスだけをポリポリ食べている彼女の姿を見たりすると、不便そうだなあ、と思ったりしていた。

 それから、十五年が過ぎた。
 先日、普段は生野菜をあまり食べないのだけれど、その日は前日の夕ご飯がちょっと重めだったこともあってフレッシュなものが食べたくなって、しっかり食事になるような具が多めのサラダをつくった。
 サニーレタスやグリーンリーフの上にキノコやナス、玉ねぎなんかをオリーブオイルとハーブで炒めた具をたっぷり、刻んだアボカドとトマトと、ちょうどあまっていたモッツァレラチーズも載せて、マスタードのドレッシングをつくってかけた。
 温かいものも欲しいので味噌汁もつくり、近くのお店でお惣菜で出している水キムチと切っておいた漬物の残りも出して、雑穀を混ぜたご飯も炊いて、すべてを食卓に並べてみて、気がついた。
 生野菜に炒めた野菜を載せたものと、野菜を煮た汁に味噌を入れたものと、野菜を発酵させたもの。と、米。
 「今日のメニューは?」と聞かれたら、大きな声で「Vegetables!」というしかない。
 (サラダの具にちょっとだけ魚の切り身を入れたし、味噌汁はあごだしだったから、完全に野菜オンリーではないのですが。)

 オリーブオイルをたっぷりと使った具沢山のサラダは物足りなさのかけらもなく、むしろ多くつくりすぎて食後はおなかがぱんぱんになって、しばらく休まないといけないくらいだった。
 生野菜って、食べた直後は消化に時間がかかるよね。

 ソファーに横になって90%くらい野菜ではちきれそうなおなかをさすりながら、十五年前の私は(ほぼ)野菜だけでこれほど満腹になっている自分の姿は想像できないだろうなあ、と思った。
 それをいったら、いま住んでいる家に住んでいることも、施術の仕事をしていることも、タイに行ったりしていることも、なにひとつ、想像できなかったけれど。
 そうやって考えると、十年後、いや、もう数年先ですら、自分がどこでなにをしているかなにを食べているかなんて実際はわからないんだから、先のことを心配したり、いまの望みに必死にしがみついてもしょうがないし、とにかく、その時、その時、いる場所がハッピーだったらそれでいいよね、と、思う。

 野菜だらけのディナーは消化の峠を越えたらおなかも軽く、とてもハッピーでした。
 Vegetables!

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