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オセロは日本発祥のゲームじゃないです

昨年末、オセロ解決のニュースに絡めて以下のエントリを投稿しました。

内容的には軽いエッセイなのですが、この執筆のためにオンライン上のオセロに関する資料を検索したとき、「オセロは日本発祥のゲーム」とか「オセロは茨城県水戸市発祥のゲーム」といったことを書いている投稿やページに頻繁に行き当たることに気づき、だいぶモヤモヤした気分になりました。端的に間違いだからです。


オセロの成り立ちに関しては、誰もがとりあえず確認するであろうWikipediaで、多数の典拠とともに非常に詳細に書かれています。

この本文を通読していれば、少なくともオセロは先行ゲームとは無関係に作られた日本独自のゲームなどではないことは容易に判断できると思うのですが、しっかり書かれている分、逆にちゃんと本文まで読んでいる人が少ないのかもしれません。そもそもこのWikipediaの記事自体、関係者への配慮のためなのかわかりませんが、客観性のまったく異なるものを並べて諸説あるかのように総括してしまっており、せっかく精査された情報を自らゆがめて発信してしまっている面もあるようです。

:以下、Wikipediaのオセロの記事内容は、当note投稿時点(2024年1月11日)の内容に基づきます。後に修正されたりする可能性がある点に留意してください。


本文を読むのが面倒という方向けに、Wikipedia記事内のオセロの発祥に関する要点をまとめると以下のようになります。

  • オセロは1973年、長谷川五郎の開発によってこの名称でツクダから発売された。名称はシェイクスピアの『オセロー』に依る。

  • オセロと同様のゲームは「リバーシ」として、1890年頃すでにイギリスで考案され流行していた。20世紀初頭のリバーシは、ボードの形状や着手場所がない場合の規定なども含め、現在のオセロとほぼ同一のルールになっていた(違いは初期配置に複数のローカルルールがあったことのみ)。

  • リバーシは明治時代からすでに日本に紹介されており「源平碁」などの名で知られていた。『世界遊戯法大全』(1907年)に記載されているそのルールは、初期配置の規定をふくめオセロと完全に同じである。

  • 「源平碁」(=リバーシ)はオセロ発売以前にハナヤマから商品化もされている。長谷川五郎自身も幼い頃に兄が源平碁を遊んでいるのを見たことがあり、オセロの発売当初は源平碁がオセロの原型であると明言していた。長谷川がオセロの商品化に先立って1971年に出した実用新案には「源平碁の改良」として申請している

  • 長谷川は2000年頃になって唐突に、オセロは自分が独自に考案した「挟み碁」なるゲームがもとになっていると言い始めるようになり、公式サイト等の記述もこの発言に準拠するようになった。

「初期配置」について補足すると、オセロはボード中央のスペースに黒駒と白駒がクロス型になるように配置してからゲームを始めますが、リバーシはメーカーの違い等によってオセロと同じクロス配置のもの、平行配置のもの、あらかじめ配置せず中央のスペースに順に駒を置いてクロス配置か平行配置かを決めるものがあったということです。要は「オセロと完全に同じルールのゲーム」がリバーシの1バージョンとしてもともと存在していたということですね。


さて、ルールが一致するゲームが半世紀以上前に英国のゲームとしてすでに存在し、日本にも紹介されて商品化もされていただけでなく、オセロの開発者本人がそのゲームをよく知っていたという動かぬ証拠がある。いったいこれのどこに「日本発祥のゲーム」と言える余地があるでしょうか。


実際のところ、Wikipediaの記事内に紹介されている第三者(研究者)の見解も「オセロにリバーシから独立したゲームと言えるほどのオリジナリティはない」というものばかりです。そしてそれに対してオセロの独自性を主張する意見は、よくよく見ればすべて長谷川氏本人の著述や販売元(メガハウス)による記述です。

長谷川氏やメガハウスは「オセロがリバーシとは異なる日本独自のゲームである」ことによってオセロのブランド価値を高め、そのことで直接的な利益を得られる立場にいる利害関係者であり、無理をおしてでもオセロの独自性を主張する動機があるのですから、これらを第三者の意見と同じ資格で並列して「諸説ある」とか「論争」などと総括するのは本来おかしいはずです。記事内容を素直にみれば、実態としては開発者と販売元が一方的に独自性を主張し、複数の専門家からただただ批判されているに過ぎません。

特に長谷川氏の後年の主張は、発売当初の本人の弁と真っ向から矛盾するばかりでなく、自分が出した実用新案という物的証拠とも矛盾しており、常識的に考えれば信頼のおけるものではありません。にもかかわらずWikipediaの記事はこれらすべてを同列にして「諸説あり」とすることによって、「なんなら日本発祥と言っても差し支えない」かのような印象を与えてしまっています。これは両論併記が必ずしも中立的な書き方になるとは限らないということの好例でしょう。

Wikipediaでの望ましい書き方としては、長谷川五郎氏の証言や販売元の記述に基づく部分は「開発者の主張」などとして、それ以外の第三者からの記述や批判とはもっと明確に分けて書かれるべきだと思われます。「争いがある」とか「論争」というような表現も、独自性がないという意見に対して、明確に独自性を主張している第三者の有力な論者がいるのでないかぎりは避けるべきでしょう。


オセロについてこのような一種の誇大宣伝がまかり通ってしまっているのは、1つには<ゲーム>というものに「商品」しての側面と「システム」としての側面がある、という二重性によるものと思われます。オセロのゲームシステム(ルール)はリバーシであり、「オセロ」は事実上、リバーシの1バージョンに別の名と特定のデザインを与えて再ブランド化したものに過ぎません。

ところがこの「オセロ」のブランディングが大成功して世界中に普及した結果、オセロの名前や、緑のボード、白黒の両面ディスクという道具の特徴が、ゲームシステムと切っても切れないものと認識されるようになった。すると例えば「1973年にオセロが発売された」という文章から、あの「挟んで裏返すゲームのルール」が1973年に初めて世に出たと誤読してしまう余地が出てくるわけです。

筆者作図。「オセロは日本発祥のゲーム」と聞けば一般の人はシステム(赤枠の中)を含めた全体が日本発祥だと考えるが、日本が作ったものは一番外側の商品デザインの部分だけである。

では「オセロ」を商品名に限定して考えれば「日本発祥」も間違いではないのかというと、「発祥」の字義からしてもやはり不適格でしょう。ゲームの本質的な部分は外装ではなくシステムのほうであり、ゲームの発祥と言えばそのゲームのための特定の器具の発祥ではなくゲームシステムの発祥と取るのが自然です。それに日本の一企業がライセンスを保持し続けている一商品にすぎないものに「発祥」などという言い方をするのが日本語の自然な使い方でしょうか。

何より、長谷川氏やメガハウスは一時期まで認めていたリバーシという源流を隠蔽したうえ、後付けの「原型」をこさえて「長谷川氏の発明」とか「日本発祥」といった情報を公式が広めているのですから、開発者・企業のとる態度として不誠実の誹りは免れまいと思います。


オセロとは英国発祥のリバーシに別の名を与えて再商品化し、それが大ヒットして世界中に普及したものです。それだけでもゲーム史に残る日本人の重要な貢献であり日本の誇りではないでしょうか。

しかるに、このうえオセロの起源を隠蔽して「オセロはリバーシとは異なる日本独自のゲームである」などというような主張に与するのは、英国のゲームに英国の文学作品に基づく名前を付けておいて日本発祥のゲームだと言い張るという、とんでもない居直りに加担することになってしまいます。それでは日本の文化史にとって誇りどころか恥になりかねない、と私は思うのですが。




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