『ヤンデレストーカー最愛の人を追って、聖女候補に転生す』第3話【創作大賞2024 漫画原作部門】
首都セントリュー近くに設営された合同訓練場。
そこでは純白の修道服を着た女性達と漆黒の鎧を着た男性達が向かい合っていた。
上空に大きな魔法陣が現れ、そこから声が降り注ぐ。
「聖女候補生と騎士候補生による合同訓練……開始!」
魔法や剣技が激しく飛び交い始める。
その様子を魔法によって造られた塔が見下ろしていた。
「あの」
カメラを持った男が、塔の上から訓練を眺める老女に声を掛ける。
「お初にお目にかかります。私はセントリュー中央新聞の記者、クリス・ベルと申します」
黒い修道服の老女に名刺を渡す記者。
「不躾ですが、もしやカレン・ロス様では?」
「そうですが、様はやめてください」
「やはりそうですか!あの南魔進行の時に大活躍した鋭牙の聖女様に会えるなんて!あ、握手お願いします」
「元ですよ」
伸ばされた手を微笑みながら握る老女。彼女のもう片方の手には赤い石――魔石が握られている……。
その間にも塔の下では、心臓のように脈打つ炎の塊や、凝縮された台風のような風が、訓練場で炸裂していた。
「聖女引退後、聖セントレア大聖堂の修道長に就いたという噂は本当だったんですね」
「それであなたは何をしに?」
「取材です。実は聖女信仰の記事を書いたら、上にこっぴどく怒られましてね」
頬を掻く記者。
「こんな事を書いている暇があるなら、新しく王になった魔王についてか、それと戦う事になるであろう聖女候補や騎士候補について書けとうるさいものですから」
「成る程」
彼女の目線が1人の修道女に移る。
両目を黄金色の長い髪で隠した、純白の修道服を着たグラマーな女。
塔の上からでは遠くて見えないが、老女の脳裏に彼女のニヤニヤとした笑みと、底を知らない奈落のような瞳がよぎる。
「ちっ!」
「カレン様!?」
つい舌打ちをする老女。
「し、失礼。それで何を聞きたいのですか?」
ペンとメモ帳を持つ記者をちらりと見る老女。
「流石カレン様、話が早い。まずは想いの力について……、昨今は想いを持たない者への差別だといった世間の声が増えていますが、この件どう思われますか?」
「想いの力ですか」
塔の下で戦う聖女候補と騎士候補を見ながら話を続ける老女。
「世間では、想いの力……などと大層な呼ばれ方をされていますが、こんなの何の事はない、誰もが本来持っているものです」
「誰もが持ってる?」
「はい。私達は何の因果か、想いが魔法や剣技の威力や能力に作用するこの世界に生まれました。それは変えられません」
訓練場で戦う修道服の女が、鎧の男に向け小さな炎魔法を撃つ。
「ですが、何でもなかった人が、その強い思いや願いによって努力し、夢や目的を叶える……なんてよくある話ではありませんか?」
鎧の男が剣に地面を突き刺すと、辺りに衝撃波が走った。
「確かに。想いの力もそれと一緒だと?」
「はい。想いの力は結局……」
老女の人差し指に小さな火が灯る。
「何かが欲しい、何かしたい、何かになりたい……そんな誰の心にでもある欲求と変わらないんですよ」
元聖女の人差し指についた火が、手のひらサイズの火球へと変化した。
塔の下では、ニヤニヤ笑みの修道女の火球が、同じ修道服の女性達を吹き飛ばしている。
「あ、あのカレン様!?」
老女の人差し指にある火が、塔の天井に辿り着かん程の勢いで燃えていた。
「コホン、失礼しました」
火を消す老女。
「実際、この想いの力が作用した結果、人々の役に立つ新たな魔法や剣技の発見に繋がったなんて話も幾つかありますからね」
老女は再び訓練を見守る。
「やはり人々の生活とは切っても切り離せないでしょう」
「成る程。勉強になりました」
「それで……本当は何を聞きたいのですか?」
先程から1ページも進んでいない記者のメモ帳を見て老女が問う。
「ははっ。流石聖女様だ。単刀直入に言いますと、聖女信仰についてお聞きしたいのですが」
「はぁ……。どういった内容で?」
老女は溜め息を吐きながら、質問を促す。
「他国からも批判されている内容ですが、信仰の対象たる聖女を戦いに向かわせるのはどうなのか?という疑問について聞かせて頂けたらと」
塔の下の訓練はより激しさを増している。
台風のような風が、修道女達を上空に飛ばす。その中心部にはニヤニヤと笑う女がいた。
「はぁ……。分かりました。私の意見で良ければ」
頭を抱えながら、話を続ける老女。
「まずは、他国からのそういった内容の批判も正直理解出来ます。ですが、私どもの考えは違います」
「というと?」
「信仰されるべき存在は、それに見合った器や能力、成果が必要だと私どもは考えています」
「それはどうしてでしょう?」
「何の能力もない、成果も上げていない存在をただただ信仰する事は、盲信と何ら変わりありません」
淡々と続けていく老女。
「だからこそ彼女達を我々が聖女として信仰するのであれば、彼女達にもそれに足る姿を見せて貰いたいと思っているんです」
老女は記者の目を真っ直ぐ見る。
「まぁ、何よりも大事なのは……」
その先を老女が呟こうとした時だった……。
ニヤニヤとした女が空から降らせた濁流が、修道女達と騎士候補達を纏めて押し流した。
「ラブリー・オト・モナイ!あなたは敵と味方の区別もつかないんですか!」
手に持った魔石越しに、老女の怒鳴る声が訓練場に響き渡る。
「先程から黙って見てればあなたは何なんですか!何度味方を攻撃すれば気が済むんですか!」
塔の窓から身を乗り出しながら、魔石に叫ぶ老女。
距離がある為聞こえないが、遠くにいるラブリーの口が動いている。老女の脳内で聞こえない筈の彼女の声が再生された。
「あ!い!じゃないんですよ!愛と味方を攻撃する事と何の関係があるんですか!」
頭を抱えながら老女が続ける。
「だからあれ程、想いの力の制御を練習しろと言ったのに……というか今朝のやり取りは何ですか!」
老女の脳内で、訓練開始前の光景が甦る。
◇
「選聖師様、こちらが監督塔になります……」
老女が目隠しをした女性を塔に案内している。
「あのぉ……」
「ラブリー・オト・モナイ!?どうしてここに?ここは候補生の立ち入りが禁止されてる筈ですが」
彼女達に声を掛けたのはニヤニヤ笑みの修道女だった。彼女の背後には緑のブローチをした茶髪のメイドがいる。
「選聖師様ぁ!お願いがありますぅ!」
「は?」
老女の問いを無視して、選聖師に声を掛けるラブリー。
「これから始まる合同訓練で良い結果を残せれば、私の事を1つ占って頂けないですかぁ?」
「ほぅ。面白い提案ですね」
選聖師は顎に手を当てながら考える。
「それで占って欲しい内容とは?自らの未来ですか?それともより強くなる方法とか?」
「私のぉ……愛!する人の場所ですぅ!」
◇
「選聖師様も私も、思わずぽかんとしちゃったじゃない!」
老女の叫びが訓練場に響く。
「何を言うのかと思えば、愛する人だの何だの」
早口で捲し立てる老女。
「真剣な顔だったので訓練に本気で取り組むのかと思えば、蓋を開ければ味方を巻き添えにして大暴走!」
「あ、あのーカレン様?」
様子を伺う記者を無視して老女が続ける。
「今日という今日は、私も堪忍袋の緒が切れました!一旦、合同訓練を中止して、内容を変更します!」
魔石を通して、老女が叫んだ。
「新しい訓練内容は、ラブリー・オト・モナイ対、全聖女候補と全騎士候補です!」
余程ラブリーに鬱憤がたまっていたのか、聖女候補と騎士候補、双方が雄叫びを上げながら、彼女に向かっていく。
「カレン様?」
「あっ!?失礼しました。えーっと何でしたっけ?」
「何よりも大事なのは……」
「あぁーそうですね!何より大事なのは……」
ラブリーに突撃していく聖女候補達を見ながら、老女が呟いた。
「世間の意見などではなく、彼女達が自分の意志でこの場にいる……という事実だけです」
先程の怒声が嘘のように、穏やかな表情でそう答える老女。
「な、成る程」
閉じられた記者のメモ帳にはただ一文。
『鋭牙の聖女カレン・ロス、今なお失われない鋭利な牙……』
とだけ書かれていた。
◇
「面倒な事になりましたねぇ……」
眼前に迫ってくる騎士候補と、聖女候補、双方を見ながら呟くラブリー。
「ですがぁ……」
彼女が両手を広げる。
ラブリーの底を知らない奈落のような瞳にハートが浮かび、キラキラと輝き始めた。
「これもまた愛!」
自らの体を抱き締めるラブリー。
「間違いなくこれは修道長様の私への愛!恐らく師弟愛!という奴ですねぇ……」
聖女候補と騎士候補の大軍を見ながら彼女は叫ぶ。
「ここで、私のレン君への大きな愛!を証明出来れば、彼の元に一歩近付けますぅ!」
先にラブリーの元に辿り着いたのは聖女候補達だった。
「いつもいつも私達までドタバタに巻き込んで!」
「反省しろ!」
「くたばれぇ!」
口々にラブリーを罵りながら、折り重なるように魔法を使用する聖女候補達。
炎に氷、雷に土や水に光、様々な魔法が彼女に向けて飛んでくる。
何故か仁王立ちでそれを全て体で受けるラブリー。
「何で!?」
彼女は地面に吹っ飛んだ。
「ゲホッ!はぁ……素晴らしい愛!ですねぇ……?」
ゆっくりと立ち上がるラブリー。
「しかし、まだまだ私の愛!には及びませんねぇ!」
彼女が左胸の辺りに両手を持っていき、ハートの形を作った。その中心に桃色の光が集まっていく。
「私の愛!受けて見ますかぁ?」
凝縮された光が、極太のレーザーとなって発射された。
「ひっ!?」
咄嗟に、横に飛び込んで避ける聖女候補達。
地面を抉りながら突き進む光線が、ラブリーに迫ってきていた騎士候補達に直撃する。
悲鳴を上げながら吹き飛んでいく鎧姿の男達。
「あらぁ?避けられましたぁ。じゃあもう一度ぉ……」
ラブリーがそう呟いた時だった……。
ドンッ!という轟音と共に、黒い光の柱が訓練場に落ちてくる。
光の中に人影が見えた。
そこにいたのは……。
「誰ですかぁ、あれぇ?」
2本の角を生やした、全身を鎧に包んだ精悍な顔付きの男……。
――現魔王だった……。