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〖短編小説〗11月30日は「鏡の日」後編

この短編は後編です。ぜひ前編をご覧ください。

この短編は1716文字、約4分30秒で読めます。

わたしは男の登場に驚き、鏡のすぐ近くにいたのだか反対側に思わず飛びのいた。ゆっくりと鏡の中心に、いわば舞台の中心に移動した男はまるでこれから始まるショーのスタートの合図のように、仰々しくお辞儀をし再び挨拶をした。

「改めまして、こんばんは。驚かせてしまったようで申し訳ございません」
男はそう言うと、わたしの反応をうかがうように、じっとこちらを眺めていた。

わたしはというと、飛びのいたその場から一歩も動くことができず、ただただ呆然と男をみていた。男は鏡の中に全身が収まるサイズで、服装はやや時代遅れの黒のダブルのスーツ。革靴も真っ黒、髪も真っ黒で特徴がないと言えばその通りなのだが、その特徴のなさが異様にも映った。なんというか、鏡の中の住人はもっと奇抜な恰好をしていて欲しいとなぜか思ってしまった。あまりにも、リアルすぎる。

「もう少し近くでお話できませんかね?」
男はそういうと、鏡の中を後ろで手を組みなが、らくるくると移動し始めた。

「あ、あの、あなたは、というか、うちの鏡の中でなにしてるんですか?」とわたしはよく分からない質問をしていた。

「うちの鏡の中!これはなんともおもしろい考え方だ。素晴らしいです。やはり選ばれた方だけのことはありますね。上も今回はいい人選をしたようだ」

よく分からないことを男は話続け、質問にも答えてくれなかった。

そして、くるくる鏡の中を回っていた男は中心にピタリと戻りこう言った。ここからがショーのメインと言わんばかりに。

「さて、自己紹介が遅れました。私はチャトラと申します。突然お邪魔して申し訳ございません。ただ、いささか時間がないものでして、私から一通りご説明させていただいてよろしいでしょうか?」

「………」

「沈黙は肯定ととらえましょう。私があなたの鏡に現れたのは、あなたが選ばれた人間だからです。ここ最近あなたは鏡が見えませんでしたね?あれは言うなれば移行期間です。こちらの世界に慣れてもらうためのね」

わたしはここまでの話を聞いて、理解できたことは一つもなかった。

「ふむ、大分混乱しておられるようだ。無理もありません、皆さんそのようなお顔を大体されますからね。ではさらに本題です。まもなくあなたの世界は消滅します。消滅ですって、何回言ってもこの言葉は響きがいいものではありませんね。具体的にどのような最期になるかはお教えできませんが、人類はほぼ死滅します。ただし、あなたをはじめ、そちらの世界から一定数の人間がこちらの鏡の世界に移っていただきます」

「今あなたのいる世界がいわばメインの世界線です。しかし実は鏡の世界はそちらの世界に危機が起こった時にのみ現状回復できるような、パソコンでいうところのバックアップなのです。まぁ、実世界のあなた方は鏡を便利な道具としかとらえていないようですがね」

「選ばれた…なぜわたしなんですか?」そのころには鏡の近く、男がよく見えるところまで無意識に移動して質問をしていた。

「ふむ、私にもそれは分かりません。なんせ上からの命令なので。詳しくはこちらの世界に来てからという事で、ひとつよろしくお願いします」

なんだか勝手によろしくされてしまったが、わたしが鏡の世界に行く?こちらの世界は消滅?まったく意味が分からない、もう話を聞いただけで頭がオーバーヒートだ。

「すみませんが、そろそろ時間です。こちらの世界も楽しいものですよ。昔から言うではないですか、住めば都とね」
男はウインクでもしそうにそう言った。

段々と興味より恐怖が上回ってきたようで、少しずつ鏡から離れていくわたし。鏡の世界なんて行きたくない。

「あなたのいる世界が終わりそうになった時に、これまでも何度も何度も同じことが繰り返されてきました。急いでください、残された時間はごくわずかです」

わたしは訳も分からず、幼い子供のように鏡の前に座り込み、ただただ首を横に振ったが…それも無意味だった。

鏡から激しい光と、その先には像や馬や大きな船が見える。チャトラはどこに消えたのだろうか。吸い込まれるような空気の流れと共に、わたしの体はまったく抵抗もできずに、鏡の中にきれいに吸い込まれていった。

後編おわり

11月30日は「鏡の日」

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