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〖短編小説〗11月30日は「鏡の日」前編

この短編は798文字、約2分で読めます。

「あなたのいる世界が終わりそうになった時に、これまでも何度も何度も同じことが繰り返されてきました。急いでください、残された時間はごくわずかです」

チャトラはそう説明して、わたしを鏡の世界に連れ込もうと必死だった。わたしは訳も分からず、幼い子供のように鏡の前に座り込み、ただただ首を横に振った。


事のはじまりは、鏡を見ようとすると自分が映らない。正確にいうと鏡の部分が真っ黒に見えるのだ。鏡すべての面が墨できれいに塗られたように。その異常は鏡を見たときにだけ起こり、他の日常生活ではまったく起きない。

医者にも行ったが、原因は分からず。なんせ、鏡が使えないのだからお化粧もできないし、自分の恰好を確かめることが出来ないのには大変苦労した。当たり前だが生まれてこのかた鏡が使えないことなど経験したことがない。

鏡が見られない生活を続けていたある日の事、自宅の姿見鏡が触ってもいないのに急に倒れた。わたしはその時、夜ご飯を食べながらテレビを見ていたがガシャンと急に倒れる鏡に驚いた。

鏡の高さは確かにあるが、足はきちんとついている姿見鏡なのに、どうして触ってもいないのに倒れるの?割れた鏡の掃除が面倒だなと思いながら、姿見鏡を起こすと、まったく割れていない。直接フローリングに倒れたはずなのに。

もっと近くでよく見ると、ひび割れ一つ入っていなかった。そしてわたしは異変に気が付いた。いや異変ではない、正しい状態に鏡が戻っていたのだ。いつものように世界を、そしてわたしを映してくれている。いったいあの不思議な真っ黒現象は何だったんだと、久しぶりに戻ってきた自分の顔を見ながら考えていると。

ーーーーーー「こんばんは」

それは、舞台の上手から登場する舞台俳優のように、そこから出てくることが確実に決まっているかのように、ごくごく当たり前に、鏡という小さな舞台に一人の男が現れたのだった。

明日へつづく

11月30日は「鏡の日」




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