見出し画像

宮脇俊三『最長片道切符の旅』(新潮文庫)を読んで

 この記事に目をとどめていただき、ありがたうございます。
 久しぶりにブックレビュー、といふより、思ひつきです。どうか最後までお付き合ひください。

 私がこの本を読んだのは、大学三年生の頃でした。当時、仲の良かつたアルバイト先の鉄道好きの早稲田大学生(二浪した三年生)に薦められて手にしました。読んでみた感想はただただ「この宮脇俊三といふ人は、すごいナア」といつたところでした。
 また、「私も宮脇俊三みたいに、鉄道に乗つて、そのことを文章にして稼げたら良いナア」と思ひましたが、そのやうな夢は叶ふわけがないと瞬時に諦めました。

 小さい頃から、鉄道に乗るのが好きでした。幼少の頃、母の故郷である山口県の長門市方面へ帰るときには、いつも寝台特急に乗つてゐました。はやぶさ、富士、さくら、あさかぜ…、さうした経験から、いつしか鉄道が好きになつてゐました。夜行列車の窓はまつくらで何も見えないやうで、何かが見えてゐます。その何かを見るのが好きでした。
 大学生になると、青春18きつぷを活用し、全国を旅しました。当時は、ムーンライトながらやムーンライトえちごをはじめとするムーンライトシリーズが多く、それらを活用し、北へ南へ旅をしました(さうした過去の旅は、いつかまた書きませう)。大学卒業後も夏休みやゴールデンウィークなど、時間を見つけては旅に出て、気付いたらJR全線にほぼ乗車してゐました。

 二十九歳の時の冬、最後に残つてゐたガーラ湯沢〜越後湯沢間を乗り、JR全線を完乗しました。スキー客に囲まれた中、明らかに浮いてゐたことを今でも覚えてゐます。その時、次の目標は「最長片道切符」と思つてゐましたが未だに叶ふことなく、気が付いたら十年以上の歳月が経ちました。いざ、「やろう」と思ふと先立つものも時間もないのが実情です。それこそ、退職してボーナスの全額をここに注ぎ込むのも手ですが、その勇気がありません。

 さて、宮脇俊三氏が旅をした当時は、稚内〜枕崎間を同じ駅を二度通らずに行く片道切符(一筆書ききつぷ)が最長でした。現在では廃線や第三セクター化などの変化があり、稚内〜肥前山口間が最長の片道切符になつてゐます。なほ、BRTを組み入れるか、第三セクターの乗車を許可するかなど、さまざまな議論があります。私はBRT及び三セクを許可しない派ですが、かうした議論は以下のHPが詳しく論じてゐて便利です。


 私が鉄道が好きだといふと、多くの人から「意外」だと言はれます。そして、その何人かがJR全線完乗してゐることをすごいと感嘆し、その何人かが鉄道好きといふことを軽蔑の目で見てきます。むしろ、学生時代は同性からも異性からも、多くの人に鉄道好きといふことでどこか見下されるやうな感覚がありました。それこそ、今でいふ「陰キャ」のやうに見られました。さらに「鉄ちゃん」みたいに言はれる(レッテル貼り)のがすごく嫌でした。なので、私は今まで鉄道が好きなことを隠し通してきました。
 今でこそ「●●鉄」みたいに分類され(私はかうした分類も好みませんが)、市民権を得たやうなところがありませう。それでも、鉄道が好きといふ人に対する世間の目はあまりあたたかくないやうに感じてゐます。
 さういふ鉄道に対して好ましく思はない人に、この本を読んでほしいと思つてゐます。本書は、内田百閒の『阿房列車』に継ぐ鉄道文芸の白眉です。いはゆる「〜系の◯◯が〜」といつた車両に関する話は少なめで、各地の地理や著者が旅して見た感想が多く書き残されてゐます。いふなれば地理の案内書でもありませう。そして、当時の鉄道がどのやうなものだつたか、それを知る貴重な資料となりませう。
 各地のローカル線は、日々苦境の中にゐます。そして、いつ廃止となるか。北海道や四国のそれは現実にいつ廃止となつてもおかしくない路線が多くあります。本書は、さうした過去の失はれた鉄道の記憶ともなるでせう。

 鉄道好きな人は、音が好きな人、特定の車両や路線が好きな人など、それこそ多様な世界で、鉄道好きな人同士でも分かり合へないことが多いです。もし、彼氏や大切な人が鉄道好きであつたら、ご子息が鉄道好きであつたら、本書を読んでみてはいかがでせう。彼らを理解するきつかけになるかも知れません。
 蛇足ですが、宮脇俊三はいはゆる戦後的な人であつて、国体に通じてゐるわけではありません。また、旅行中の手際の悪さが目立ちますが、それを宮脇俊三の人間味と許せるならばストレスなく読み進められませう。

この記事が参加している募集

わたしの本棚

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?