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自信過剰な反面教師さん

 私の職場には、自分の思いどおりにならないと大声をあげる社員がいる。
 「大声」って、不満を大声で言うわけではない。ホントに「うおおおおおおおおお~!」と大声で叫ぶのだ。
 50代末端男性社員。気に入らないと部屋を出て社屋の玄関ホールに走って行き、そこで吠えるのだ。
 怖い。恐い。コワい。ただただこわい。
 それも一度や二度とではない、らしい。私は今月から同じ所属になったが皆から気の毒がられている。
 彼は、ハッキリ言って仕事は出来るタイプではないが面倒なことに本人は自分自身デキる人間だと思い込んでいる。その上プライドも高い。
 その「デキる社員」である自分の評価が悪いことに腹を立てて、役員室まで直訴しに行くくらいの強者だから、昨日今日赴任した私の言うことなど聴くはずもない。

 ところがだ、あろうことかその“昨日今日赴任した女”に書類の指摘を受けたのだ。心中察するに余りある。
 しかし、外に出す書類だ。きちんと精査しなければ今度は私が上司から怒られる。あんな一貫性と整合性のない書類を大声に忖度して通すわけにはいかないのだ。

 ところで私は妙な正義感がある。誰かのためになるような立派な正義感ならよいものを、しょうもない正義感だ。
 まだ若くて給料そこそこなのに毎日たくさんの仕事を一生懸命やっている後輩社員と比較しても格段に高い給料を貰いながら、満足に仕事も出来ないくせに気に入らないと大声でわめき散らして職場環境を乱すこの男が許せなくて、何とか思い知らせてやりたい衝動にかられるのだ。
 だが賢い大人はそんなことはしない。うちの会社のみんなもそう。諦めている。誰も相手にしない。関わらない。50にもなったオッサンに今さら何を言ったところでどうにもなるはずはない。誰が雇ったかは知らないが一度雇ってしまったからには社をあげて責任持って、少なくともあと10数年はうちの会社で面倒みるしかないんだから。

 自分では完璧と思って書類を回してきた彼が私の指摘を受けて面白いはずはなく、しかし、指摘を受けることもほぼないため面食らった様子だった。
 その後、しばらくして修正し再び私のところへ書類を差し出した。

 私「(指摘した箇所は本当に誤りだったか、なぜそのように直す必要があったか)わかりました?」
 男「間違いでした。」
 私「?」
 
 想定していた回答と違っていたので私は一瞬何を言おうかと思ったけど結局何も言わず(言えず)書類を受け取った。多分面倒くさいから何の検証もせずに修正したんだろう。

 再提出された資料は、こちらのオーダーすべてに対応したものではなかった。修正を依頼したときに口頭ではわかりにくいと思ったので紙そのものに修正箇所を書き込んで渡した。
 にもかかわらず伝えたことの7割程度を修正したに過ぎなかった。
 私が、修正を書き込んた用紙を見たかと聞くと足元のゴミ箱からそれを拾い上げた。

 この1週間前に彼は今年度初の雄叫びをあげていた。周囲の誰しもが理由を考えたが、その前後に何があったか、時系列に思い出してもそんな奇行に走らなければならないような事件は起こっていなかった。しかし、確実に彼の中では何かしらの大問題が起きていて、それに耐えかねての奇行に違いないのだ。
 原因がわからなければ対処のしようがない。でも、私は思う。
 雄叫びをあげたければあげれば?
 私の彼に対する対応とか管理能力のことでもしかしたら不利益を被る可能性がないわけではないが、今の私に彼を忖度するだけの許容がない。
 雄叫びをあげたければあげなさいよ。私は知らないから。あなたがいつまた奇行に走るか毎日ビクついて仕事するなんてあり得んわ。

 雄叫び覚悟で修正を指示したが。

 結局雄叫びには至らなかった。
 彼の雄叫びの基準は何だろう。拍子抜けした。
 雄叫びを繰り返して客から苦情を受け、会社が不利益を被ったとして懲罰的な何かを与えることはできないだろうかとか、修正指示に腹を立てて私に危害(肩を押すなど)を加えて警察沙汰にできないだろうかとかいろいろ画策したが失敗に終わった。
 この雄叫び男とあと2年は一緒に仕事をしなければならない。あと2年も。憂鬱で生きる気力も無くしてしまう。

 彼と関わることに何の得るものもない。
 雄叫びなんて反面教師にならないから。
 

 

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