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こどもと植物

こどもという存在について考えるとき、彼らと植物とはなんだか似たところがあるな、とよく思う。植物をたとえとしてこどもを考えることは、彼らについての理解を深める助けになるような気がしている。

産まれてくるこどもは、まるでタネのようだ。それがどのようなタネかは、実ははっきりとはわからない。出自は多くの場合はっきりしている。けれどそれはただのタネではなく、突然変異体だ。保育者はそのタネのことを知っているとも言えるし、知らないとも言える。自分と似た特徴を備えたそのタネを、どのような土地にいつ蒔き、どのように水を与え世話をしたら良いのかーー保育者はそのことについての正解をはっきりとは知らない。
ひとまずは同じ種に属するものと考えて、型どおりのやり方で育ててみる。芽が出て、少しずつ大きくなるところまでは、よっぽどの変異体でない限り、大体型どおりでうまくいくだろう。けれどその芽が大きくなり幼木となるにつれて、保育者は型通りに働きかけるだけではうまくいかないことに気づいていく。すくすくと育つに連れて、そのタネが持って生まれた一代限りの個性もともに主張を強くしてくるためだ。
保育者は自分の育て方が思い通りにいかないことを、若木のせいにすることもあるかもしれない。
針金を使って思い通りの方向に柔らかな枝を捻じ曲げることもあるかもしれない。
反対に、どこまでも自由に放っておくことこそが大事なのだと考えて、本当は保護を必要とする時にその若木を放っておいてしまうこともあるかもしれない。
ビニールハウスの中で、自分の思い描いた通りの「健やかな」木に成長するよう、「ばい菌」を退け、「薬」を与え、細心の注意を払って育てようとするかもしれない。
けれど、そのタネはただのタネではない。それは人のタネである。
キルケゴールは「個人は彼自身であると同時に人類である」と言う。
そのように、そのタネは世界で最初に登場した一つの突然変異体であると同時に自分の保育者たちと同じ種に属する存在でもある。育てる者はその幼い存在に対して、自分と同じ特徴を備えた仲間であると同時に、自分とは異なる新たな唯一の実存として接する必要がある。その新たな存在について適切なアドバイスをくれる者はいるとしても、完全に正しい育て方を教えてくれる者は世界中のどこにもいない。保育者は外からの知識を参考にしつつも、適切な育て方について常にそのタネに耳を澄ます必要がある。そのタネのうちに宿っている新たな特性は、そのタネ自身に教えてもらうしかない。

野や山ですくすくと育つ植物は、タネであった時に携えてきた自らの個性を、厳しい自然の中でどのようにして発揮させていくことができるのだろう。
人において親(保育者)という存在は、タネが発芽し芽を吹くための太陽や土のようなものかもしれない。それらが欠けてしまえばタネはそもそも芽を吹くことすらできない。心地よい土と陽射し、雨や月の明かりは、そのタネから丈夫な根と豊かな枝葉が育つのを見守る。丈夫な根はその植物の一生を支え、常に自身を育んだ土地を忘れることはない。太陽の陽射しは、どの地に赴いてもその植物を照らしてくれる。
保育者の役割は、健やかで丈夫な「苗」を育てることだとも言えるかもしれない。いつか「新たな土地」に移る時までに、そしてどのような土地でも自分らしく健やかに暮らせるように、その根を強くしその枝葉を素直に伸ばすこと。弱い根やいじけた枝葉は新しい土地に移ることを妨げ、たとえ移ったとしてもその地に落ち着く以前に自身の傷ついた箇所を癒やすために多大の時間と労力を要求する。あるいは、自身が枯れるその日まで、幼い頃に負った傷を抱えていくかもしれない。

けれど、そうは言っても、強い風の吹く土地で捻じくれた枝を伸ばしながら必死に育つ木は、やはり美しいのではないだろうか。
生き物は、それ自身のうちに自分の個性を花開かせようとする力を持っている。だからこそ保育者は、たとえ間違えることがあっても、こどもの声に耳を澄ましさせすればまた新たにやり直すことができる。捻じくれてしまった枝が、そもそも折れることも枯れることもなく捻じくれるのも、捻じ曲げようとする力に抗おうとする内からの力があるからこそなのだと言えないだろうか。

保育者は、こどもの自分自身であろうとする力に抗うよりも、それを味方につける方が得策なのではないだろうかと思う。常に間違ってしまう保育者の行いを、こどもは自分自身でありたいという内なる力から発されるサインによって指摘してくれる。保育者の間違いによって受けた傷も、(たとえ時間を費やし、傷跡が残るとしても)その内からの力によって自ら癒やそうとすることができる。
保育者がこどものその力を味方にして、試行錯誤しながらも健やかな苗を育てていけたなら、それこそ理想的なのじゃないかと現時点では思う。

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