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それ、ただの意味のないパクリになってません?

人の写真を見る時は、ただ見るんじゃなくて

『何を意図してそれを撮ったのか』
『その写真の何が自分の琴線に触れたのか』

そんなことを考える

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私の職場は私をいれて10人弱カメラマンがいるのだが、同じロケ地で撮影をしてもそれぞれが全く違う写真を撮ってくる

一つのロケ地の中で写真を撮るスポット、モデルさんをどこにどう立たせるか、どれぐらいの画角で撮るか、どのレンズを使うか、撮った写真をどう編集するか、何もかも、カメラマンごとに違う

その違いは、それぞれのカメラマンの視点や意図・好み・癖・美学の違いから生じるもの

人の写真を見ることは、自分にない視点や意図を学べて非常にためになる

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撮影にでる前は、同じスタジオのカメラマンたちが同じ場所で撮ってきた写真をひたすらチェックする

特に、自分の好きなカメラマンの写真は「ストーカー!」とつっこまれるぐらい端から端までじっくりと、暇さえあれば眺めている(そして「こんな写真撮りたい!」と愛を伝えまくる)

撮影の最初から最後まで、どんな場所で、どんな画角で、どんなポージングで写真を撮っているのかを一連の流れで見て、その後、特に気になった写真(それは単純に見ていて好きだった写真や、自分ではコレは撮らないor撮れないと思った写真)に関しては、レンズの焦点距離・シャッタースピード・ISOなどの細かい設定もチェックする

人の写真を見る時に意識するのは

『どんな意図があって、その場所を選んで、そのレンズのその焦点距離にしているのか、カメラの設定をそれにしているのか』

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たまに、撮った写真に対して「どのレンズで、カメラの設定はどんな感じにして撮っているんですか?」と質問されることがあるのだけど、その設定を知ってどうするのだろう?

まったく同じ機材を用意して、カメラの設定をまったく同じ数値で設定して、まったく同じ時間に、まったく同じ場所で撮れば、自分が素敵だと思った写真とまったく同じ写真を撮ることができるのかもしれないが、そうして形だけまねたものって状況や時が変わると使えない知識になってしまうのではないだろうか

人のまねをすることは、何かを学ぶ上でとても大切なこと

だけど、ただ形だけまねするのでは意味がない

レンズ選びだって、カメラの設定だって、場所選びだって『こういうものを撮りたいからコレにした』『こういうことを避けたかったから、ここはコレを選んだ』『自分はこういう表現をしたいからこうした』というそれぞれのカメラマンの意図があって

それを知ること、それを推測してみることこそが面白いしためになる

そうやって写真の裏にある意図について考えながら、その人ならではの視点や意図を自分の中に取り入れていくと、それが新しい自分の写真の種になる

そして、その視点や意図っていうのは、見ているだけでは分からないことも多いので、そんな時は直接「これはこういう意図があってこうしてるんですか?」と質問してみるのがいい

形だけただパクるのはナンセンス
その裏の意図をパクろう

(今の職場はみんな、それぞれの手法や考え方を惜しみなく教え合う文化があって、それはとてもありがたいことだなぁ…いい環境にいるなぁ、自分と思う。しあわせ)

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今日も、久しぶりのロケ地に行くのに、じーーーっくりと大好きな先輩の写真を眺めて質問してから出発し、撮影中いくつかそれを真似てみたのだけど、いやーーーーーー、難しい!!

先輩の意図が腑に落ちつつも

それを自分の画として表現する、自分の写真の中に取り入れるという部分でしっくりこないものもあり

意図を学んでまねて

それを自分のものにするには数をこなして、経験値をためていくことも大切だなと思った今日だった

あーーーーーー、撮ろう!


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