見出し画像

玉砕パティシエ小豆田⑮

petit four

 私の顔を見て「もう大丈夫そうだね」と言った小豆田さんは、

「じゃあ僕は先に駅まで行くから。またね」

 私達を追い越して歩き出す。

「待て小豆田。明日の天気、雨に変わってるぞ」

「え、嘘!」

 振り返って柏森さんが差し出すスマホ画面を凝視した。
 明日と明後日は定休日だ。そのうち明日は、生憎あいにくの雨らしい。

「雨の予報は明後日だったのに!」

「俺に言われても」

「あ、でも明後日が曇のち晴れか。じゃあ明後日に行こうかな。香坂こうさかさんにも連絡しないと」

 初めて聞く名前の人だ。思わず訊ねてしまった。

「どなたかと会う約束ですか?」

「会う約束っていうか、製菓学生時代の後輩の旦那さんが花屋でね。おかげで花言葉にも少し詳しくなっちゃったよ。明日予約してたんだけど、明後日に変更できないか聞いてみないと」

 それだけ言うと、「じゃ」と言って、再び駅に向かって先に進んで行く。今度は小走りだ。

「駆け込み乗車だけはするなよ」

 その背に向かって柏森さんが呼び掛けると、彼は片手を上げて少し後ろに腕を倒して、こちらに振るようにヒラヒラと振った。

「ったく、早く家に帰ったところで、明日や明後日が早く来るわけじゃないのにな」

「小豆田さんでも、雨の日に出掛けるのは嫌なんでしょうか」

「都さんのところに行くとなると、晴れた日の方がいいだろ」

「あぁ、奥さんのところですか」

 ということは、花はお見舞い用の花だろうか。出産を控えているだけだから、「お見舞い」という言葉も変かもしれないが。

「でも、病院に行くんだったら雨でも晴れでも、そんなに関係ない気がしますけどね」

「え?」

 わらびさんが驚いたように私を見た。

「え? 奥さん、出産のために入院されてるんですよね?」

 わらびさんはさらに驚愕の表情になる。柏森さんの顔も険しくなった。

「……それ、小豆田が言っていたのか?」

「小豆田さんが言って……?」

 いや、彼からは、何も聞いていないヽヽヽヽヽヽヽヽ
 私はただ、写真と指輪を見せてもらっただけだヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ

「ない……、です」

 わらびさんはホッとしていた。
 それ以上に柏森さんが安堵の溜め息を吐いた。

「……あの、どうかしたんですか?」

「ついに小豆田の頭がおかしくなったのかと思って、心底心配しただけだ」

 まずそれだけ言って、息を整える。そして、

「甘樂、小豆田は――」

   

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?