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緑玉で君を想い眠る⑭

四話:深い眠りの中で


 結婚式を明日に控えた金曜日。
 会社でも頭の片隅では、犯人は誰なのかで頭がいっぱいだった。

 午後からは定例ミーティングがあって、朝からバタバタしていたのに。
 答えが出せない問題について、延々と考えていた。

 昨日警察に、一昨日の夜の叶羽さんの様子や行動について聞かれた時、一瞬、ほんの一瞬でも、叶羽さんを疑ってしまった。

 見送った時は、もしかしたら叶羽さんは、このまま帰って来ないのではないかという予感がした。

 住宅街で街灯があるとはいえ、女性二人だけで夜道を歩いているなんて、脅迫状の犯人からしたら、殺害するのに悪い状況ではない。

 あの女は叶羽さんを庇ったり守ったりする義理も関係性も無いのだから、凶器を持った犯人が現れたら、まっさきに逃げるか、叶羽さんを盾にだってしかねない。

 脅迫状の犯人が現れなかったとしても、あの女が叶羽さんを殺害するための協力を要請した人が近くにいなかったとも限らない。

 他にも、勝手な想像はいくらでも巡らせることができるし、それに伴っていくつもの可能性が出てくる。

 その可能性が一つ、また一つと増える度に、ボクは、叶羽さんはもう帰って来ないのではないのかと、不安でたまらなかった。

 だから、いつも通りの彼女が「ただいま」と戻ってきた時、そこに居るのが幽霊でも幻覚でもないことを確かめるために、強く強く抱き締めた。

 最悪の想像が現実にならなくてよかった。

 そう思っていたのも束の間、翌日――昨日には、叶羽さんがあの女を殺害したという疑いをかけられた。

 いくら相手があの女とはいえ、叶羽さんが誰かを殺したりなんて、ありえない。

 強く信じる一方で、もしかして、が過る。
 もしかして、あの女に、衝動的に殺してしまうような、何かを言われたりしたのだろうか。

 その内容は、例えば、知り合ってこの方「カエル」と呼ばれるボクの人格を酷く傷付けることだとか、叶羽さんを桜ノ宮に継続して通わせられなかった輝一郎さんを酷くなじっただとか、それとも……。

 それとも、守さんのこと、とか。

 多分叶羽さんは、自分のことなら何を言われても、唇を噛み締めて、拳を握り締めて、耐える。

 でもその矛先が自分ではない他者に向いたら、言い返す。
 そうだという確信が持てる。

 それに……、叶羽さんは、大学生の時、冷たくあしらわれても守さんを気にしていた。返事なんてしてくれないのに、根気強く。未練を感じるほどに。隣にボクが居ようが関係無かった。彼の、いったい何を気にかけているのか。

 ボクにはあの時も、そして今も、問う勇気は無い。

 彼女が深層心理で彼を想っていることに、彼女より先にボクが気付いてしまう、なんてことになりたくないから。

 本人が気付いていないだけで、まだ、彼を想っているかもしれないから……。

 だから……、彼女があの女を殺したのではないか、という考えが、一ミリも浮かばなかったわけではない。

 けれど、何が真実だったとしても、ボク以外に叶羽さんの言葉を強く信じて一番の味方になれる人はいない。

 だから、ボクは、叶羽さんの言葉を信じる。
 彼女がやっていないというのなら、やっていない。
 叶羽さんは犯人ではない。

 あの女を殺した犯人は、別にいるし、捕まってもいない。

 その犯人と、脅迫状の犯人が同一人物なのかもわからないけれど、叶羽さんの身に危険が迫っているのは事実だ。

 それに対して、気を付けろだの自己防衛しろだの言うのは簡単だ。

 でも、そうやって他人行儀でいる間は、こういった犯罪は繰り返される。

 ボクは犯人を捕まえて、犯罪を繰り返しても野放しにされて許されてきた者を、彼女の人生から取り除きたい。

 それが、他の誰かの大切な人を守ることにも、繋がると思うから。


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