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緋色の花㊸(最終話)
終章:矢切蓮
新年度、紗羅を訪ねて女子寮の前まで来た。
そして、洗い浚い話した。紗羅が桜ノ宮に来ることになった本当の理由を。
好きになった人に、己の醜い部分をきちんと晒す。軽蔑されたなら、そういう力を持つ側にいることを、今一度理解しておくべきだ。
自分を知ってもらって、相手のことも知る。そうやって、信頼は構築されるはずだから。
紗羅は最初から無言で、話の最後まで表情が変わらなかった。
「……つまり、あたしは殺人罪だけを犯したわけじゃない、ってことか」
特に驚いた様子もなく、淡々と言った。
「自分の行動を思い出したら、か。なかなか粋な言い方だね」
いつの日か俺が言った言葉を、彼女はなぞった。
「そっか。被害者と加害者だけじゃないんだね。巻き込まれる人達も居るのか。それが犯罪か。そうだよね。蓮みたいに当事者じゃなくっても、間接的な被害者にもなるし、逆もあるのか」
俺は一連の事件で、間接的な被害者だったのだろうか。加害者だったのだろうのか。あるいは傍観者か。
それは本人の問題意識と主体性によって、立場は大きく変わる気がした。
「あたしは矢切製薬に無期懲役っていう罰が与えられてたんだね」
一度目を閉じた彼女の表情は、思っていたより穏やかだった。安心しているようにも見える。
「殺した分、たくさんの人を正しい方法で救うことが償いになるなら、あたしは生涯を懸けて罪と罰に向き合いたい」
「家の次は矢切って牢獄に入る、ってことだからな」
「今は一瞬でも『死にたい』って思わないで、自分の意志で生きられてるだけで幸せだよ」
彼女は一度区切って続けた。
「『死にたい』なら死ねばいいって思うかもしれないけど、逆を言えば『死にたい』って思う要素が無くなれば、『生きていたい』っていう意味なんだよ」
珠莉のことを言いたいのだろう。
珠莉が心の底から死にたがっていたわけではないと、死を選ぶしかなかったのだと、それさえなければ、今も俺は珠莉と居たのだと……。
先ほどからチラチラと視線が注がれていた、手にしていた十二輪の赤いチャーリップの花束を紗羅に差し出した。
「……ねぇ、本気なの?」
「だから、好きでも無い奴にこんな物渡すわけねーだろ」
「……あたし、珠莉さんに花買う時に店員に好きな花聞かれて、地獄花って答えたの。引かれると思った。でもね、『別れを連想させる花ですが、情熱という花言葉もあるんですよ。きっと、赤色からきています。他の花言葉も赤色から想像してみると情熱的で素敵ですよね、』って言われたの。あの花をそんな風に考えたことなかったから、逆にびっくりしちゃった」
どこの誰なのか、言われなくてもわかってしまった。
むしろ、彼に相談した時チューリップを勧められたのは、もしかしたら彼岸花と同じように、まっすぐ上に向かって花を咲かせるからかもしれない。赤色も、紗羅のイメージや花言葉以外に、彼岸花に合わせているのかもしれない。
「その店員、他にも豆知識みたいなの教えてくれてね。花は色や本数で花言葉が変わるとか。だから、その花の意味を、飛躍しすぎた意味で捉えてるのかもしれないんだけど、」
紗羅は一度口を閉じて、思い切ったように続けた。
「蓮、よく考えてね。あたしどこまで恋人らしい行為ができるかわかんないよ? 応えられないことが多いかもしれないんだからね?」
「嫌なことは嫌だって、ちゃんと言い合える関係になれたら、それでいい」
特定の関係の人には隷属しなければならないなんて、思うな。
俺は、相手のこころもからだも、権利を大切にし合う、パートナーになりたい。
これからは、大切な人が感じる痛みに少しでも正しく寄り添えるようにしたいから。
「ていうか、あたしといたら、蓮、また司に目付けられるんじゃないの?」
「あれはもう解決してっから」
「は? いつ?」
「点灯式ン時、大丈夫だっつったじゃん」
「あれでわかるわけないじゃん! 司が何かしないか見張ってたのに」
なんとなく司の周辺にいることが多くなったように見えたが、そういう意味だったのか。司の件はもう気にする必要は無いと言ったつもりだったのに、上手く伝わっていなかったようだ。思えば、俺達の会話は噛み合っていない瞬間が多々あった。
今だって、せっかく告白をしているのに、雰囲気なんて全く無い。
でも、俺達にはそれがちょうどいいのかもしれない。
華やかなで甘いだけの砂糖菓子ではなく、隠し味にほんのちょっとの毒があるくらいが。
「あたし、蓮の両親に相当怨まれてるよね? そこから無理じゃない?」
「両親にとっちゃ俺達二人が爆弾なんだよ。俺達自身でいくらでも黙らせられる」
親父と母親は、零と矢切の名誉を守るために零の罪を隠した。
それが俺になっても、後がない矢切製薬は選択肢なんて無い。
ここにきて実の両親を脅すなんて、やってることは零と同じだ。
でも、彼女となら、この腐りきった血を、少しでも正常なものに浄化できる気がした。血という呪いのような枷だって、壊してみせる。彼女と二人で。
そしてこれからの人生を賭して、いのちを一つでも多く正しく救う。
それが新たな罪になるのなら、現世に別れを告げてから、いくらでも地獄の業火に焼かれよう。死んだ後なら怖くない。
「どう? 悪魔の囁きに惑わされてみねーの?」
自分の怠惰さも、卑怯さも、愚かさも、都合のいいように武器にして逃げてきた。
今度は目を逸らさずに、当事者として生きていく。
それが償いになるのかわからないけれど、誠実に生きたい。珠莉から教えてもらった感情を無駄にしないためにも。
「……本当に、長い付き合いになっちゃうよ。あたし達」
そう言って彼女は、チューリップを一輪抜き取った。引鉄はまだ弾いていないのに、彼女の手の動きに合わせて、鮮やかな緋色が鮮明に舞う。銃口を向けるように俺に突き付けた。
口元に笑みを浮かべる紗羅は、これから最愛となる存在だ。
「地獄の果てまで一緒、だなんて、運命みたいだね」
緋色の花 了
【参考文献】
『13歳、「私」を失くした私』山本潤(朝日新聞出版)
『性犯罪被害とたたかうということ』小林美佳(朝日新聞出版)
『子どもへの性暴力―その理解と支援―』藤森和美 野坂祐子編(誠信書房)
『性犯罪者の頭の中』鈴木伸元(幻冬舎)
『刑事司法とジェンダー』牧野雅子(インパクト出版会)
『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』合同出版編集部編(合同出版)
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