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緋色の花㊲

     

 黄水晶色に照らされた室内と華やかな衣装に身を包んだ人達に、目が眩む。蓮と一緒だったから気にせずこの空間に居られたのだと実感した。それを察していたのか否かは不明だが、司に言われた方向を、思わず見てしまった。
 女子が三人、男子が二人というアンバランスな人数で、その中に瑠依さんもいた。男子のうちの一人は、以前司と廊下で話していた久我君だ。司と対照的な黒のスーツを着ている。女子は二人、男子は一人、まだ小柄だった。同級生ではない。初等部だろうか。
 瑠依さんと目が合う。先刻よりは視線が和らいでいるが、睨まれるように見つめられた。
「あ、もしかしてキミ、司が言ってた人ー?」
 瑠依さんの視線に気付いて、小柄な女子のうちの一人が、少し間延びした口調で訊ねる。トップで髪をお団子状に纏めて、リボンを着けている。ドレスの裾は膝上でパニエのようにふわりと広がっていて、バレリーナのようだった。
「もしよかったら、一緒に待っていない?」
 随分と気さくな印象のコだった。他に行く宛ても無いので、お言葉に甘えて、彼女達の輪に混じる。
 バレリーナは、壁に背をもたれて腕組をしていた久我君に向かって話し掛けた。
「ねぇ辰哉たつや、まだ踊り足りないから、あとで付き合ってよ」
 そう言って、ヒールのある靴で軽く飛んだ。その瞬間、重力を感じなかった。着地した彼女は、右足を後ろに少し上げて、左足で背伸びをするようにつま先立ちになる。右手は柔らかく上に上がり、持っていた扇子をパッと広げた。左手は羽のように横に上げられている。ホールでのダンスとは明らかに種類が違う。素人目でも、完全にバレエだった。
 バジルやってよ、と言いながら、バレリーナの女の子はその場でクルクルと回り始めた。一人でも十分踊りそうな雰囲気だ。
涼香すずか、トウ・シューズじゃないんだ。危ないから今はやめろ」
「トウでは立ってないよ」
「怪我したら、来年のキトリ役を他の人に譲ることになるぞ」
「……はぁい」
 間延びした返事をして、彼女はようやく二本足で大人しく立つ。
 バレリーナの女の子は、彼女の同級生と思しき女の子に話し掛けた。
雪菜ゆきな、この前リャド展行ったんだっけ? 版画買ったの?」
「ううん、決めきれないから、買ってない」
「なぁんだ」
「オレも外行きたいなー」
 雪菜と呼ばれた女子が言う。
「でも亮太りょうた、ここで星は見えないんじゃない?」
「いい望遠鏡買ったんだよ。届いたら部屋から見てみよ」
 初等部と思われる三人が思い思いに会話を始めた。バレエ、絵画、星。話の内容まではよくわからないが、随分とお金のかかりそうな趣味ばかりだった。改めて、身分の違いを実感した。
 司は彼等を「僕の友達」と言っていた。これだけの人数の人と親しくしているのかと思うと、蓮よりも中学生らしさを感じた。
 そこでふと、違和感を覚える。
「……瑠依さんは、司のご友人なのでしょうか?」
 嫌っているなら、同じ輪に居なければいいのに。今こうして彼の友達が彼の帰りを待っている間も、別の人と居ればいいし、一緒に彼を待たなくてもいいのではないだろうか。
 あたしの言葉を聞いて、彼女の目は不快そうに歪んだ。
 不意に右腕を掴まれて下に引かれる。かがんだあたしにバレリーナの女のコが耳元で囁いた。
「瑠依に司との関係を聞いちゃ駄目だよ」
 彼女はあたしの顔を覗き込むようにして、念を押した。
 この話題が地雷なのか、瑠依さんは顔を歪めたまま、不快感を露にしていた。
「……すみません、答えなくて結構です……」
「……そういえば、アンタ、司が嫌いなの?」
 腕を組みながら、簡潔にそれだけを訊ねてきた。睨むような目つきもそのままだ。答えるのが当然、というような雰囲気と態度だった。
「……嫌いってほどではないですけど、好きでもないです」
 それを聞くと、彼女はフッと笑った。あまりにも綺麗で、魅惑的だった。
「意外と気が合いそうね」
 紗羅もすぐに慣れる、と蓮に言われたが、思わず苦笑が零れた。

   

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