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「気付く力」

長弟の結婚式のため、娘たちを連れ熊本へ帰省した。式は鹿児島市内で行われる。まずは熊本の実家で数日過ごし、そこから両親とわたしたちで鹿児島へ移動する流れ。

ということで、実家で改めて荷造りする必要があった。熊本に来て3日目、忘れ物の無きよう細かいものをポーチにしまっていると、隣の部屋にいた実母がわたしに声をかけてきた。

「かなちゃん、気付かんね?」

一瞬で血の気が引く。「気付く」…だと…?
しかしすかさず、平静を装い返事をする。

「なんがー?」

「気付かんね?」…つまりこの2日間、わたしは気が付いていない…ということ…?何だ、何を見落としたんだ?この母の声のトーン、感情はプラスなのかマイナスなのか?家の変化?母自身のこと?なんだ、なんだ、なんだなんだ。

ここまでの思考、およそ0.5秒、隣室へ移動。何食わぬ顔で、しかし内心戦々恐々、母のもとへ。

振り返った母は化粧をするため眼鏡を外し、わざとらしく目をぱちぱちさせながらわたしを見つめる。そうか、顔か。わたしも見つめ返す。

「あっ!まつ毛。エクステ?」
「そうたい!結婚式だけんね、こないだ付けたったい、わかるね?」
「うん眼鏡しとると気付かんかったけど、こうやって見たら分かる、いいなー」
「よかろ?!アンタの結婚式のときもしたし、こがん時しかせんけんね」

母娘の会話を繰り広げつつ、胸を撫で下ろす。あぁドキドキした…!

いやはや、ちゃんと気付けて良かった。自室で荷造りを再開。

それにしても。

衣類を詰め込みながら、思う。
世の男性方は日常的に、女性からの「気付いて、察して」の重圧に耐えているのか。
あまりのプレッシャーではないか。同情の念が湧く。

やれ髪型だのネイルだの見た目の変化には、(事の大小にかかわらず)先方の申告の前に気づき、コメントせねばならない。自宅や料理などのちょっとした違いについても同様である。

また時には恐ろしくも、「何か気付かない?」などと相手を試すようなことまで言い出す。

「あれ、もしかしていつもとアイシャドウの色が違う?」
「わかる?ちょっと変えてみた」
「へぇ、いいんじゃない、似合うよ」

パーフェクトだ。そう、ここには「褒める」要素まで含まれているのだ。言わなくても気付いてね、そして褒めてよね。恐るべき強要。大前提として、この「気付いてほしい変化」を本人はポジティブに捉えている。だからこそ気付いてほしい、要は褒めてほしいのである。

そして身勝手なことに、女性はその「気付き」をある種の愛情の尺度だと思い込んでいるため、パートナーが見逃したり回答に失敗したりしようものなら…。

場合によっては、全く関係ない過去まで蒸し返し「いつもあなたはそうだ」。果てに「期待したわたしが悪い」などとつゆとも思っていない言葉を放つ(場合によっては)。たちの悪いことにこれは、自分を責める表現でむしろ相手を強く非難している(場合によっては)。つまり嫌味、本心は「あぁ可哀想なわたし!」なのだ(場合に…)。

因みに、女性の「怒ってないよ」も同様の思考回路なので要注意。「怒ってないよ=何に怒ってるか、わかるよね?」…恐ろし過ぎる。

このようなハイリスクな状況におかれる男性陣の心中たるや、察するに余りある。女性から突然の「わかる?」「気付く?」は、丸腰の相手に時限爆弾を渡すような行為なのだ。行き着く先は安寧の地か、はたまた地獄か…。

なぜここまで事細かに女性心理を描写できるかというと、まさにわたくしめが、紛れもない「気付いてほしいオンナ」だからでございます。…え?女性の皆さん、こんなもんですよね?(場合によっては)

さてその夜、風呂上がりにリビングに現れた「マツエク母」に対し、わたしはまず「あぁやっぱ、すっぴんだと目の違いが分かるよ」と伝えた。

「だろ?!そがんよね〜」

母は気分がよさそう。
少し時を置いて、その変化について改めて(前向きな)コメントを添える、そうこれも大事なポイントです。

こういった点を踏まえ、またある程度のワガママを許容した上で男性陣には是非とも、注意深くパートナーの変化に気づいて頂きたい。

勝手ばかり申しておりますが、相手の立場になり初めて知るこの恐るべき緊張感。改めて世の男性の皆さまに、労いの気持ちを贈ります。ご苦労様です。

そもそも「気付く能力」というのは、意識や経験により多少は磨かれていくものなのだろうか。「気付くだけでなく、それを伝える」まで求めるならば(そうそれを求めている)、サービス精神や配慮があるかどうかなのだろうか。

女性美容師さんと、似たような話をしたときのことを思い出した。

彼女は言った。

「でもねー、そういう『気付く男の人』だとさ、結婚した後とか、バレないようにこっそり新しい服とかアクセサリーとか買った時なんかも『あれ、そんなん持ってた?』って、めざとく気付かれちゃうらしいよーアハハ、だから、そんなに気付かない人のほうが良いこともあるんだよーアハハハハ!」

あぁ身勝手なオンナたちを、どうかお許しください。

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