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自己ブレーンストーミング!その3・「好き」「嫌い」の感覚に苦しんでいる自分

今まで自分は「評価すること」を手放そうと努力してきた。
「誰かを評価すること」は同時に「自分を評価すること」でもあるからだ。

「ありのままで自由に生きていくためには、すべてに対してありのままでいることを許さなければならない」と、ついこのあいだも自らエッセイに書いたばかりである。

しかし、なぜか苦しんでいるのだ。
非常に辛いのだ。「辛い」という感情は「ストレス」と言い換えてもいいだろう。
私は、なぜ今こんなにもストレスを感じているのか、考えてみた。

そこで、ふと気づいた。
私は会う人会う人すべての人を瞬間的に、しかも無意識のうちに
「この人好き」、「この人嫌い」と判断していたのだ。


そしてさらに厄介なことに、「好き」と思った相手に対してはこれまた無意識のうちに、
「その人に好かれるよう(嫌われないよう)」な態度や言動をとっていたのだ。

自分の本心の声を無視してまでも。


そしてさらに、「すべての存在のありのままを受け入れる」と誓った自分が、実際には人を評価し、自分の信念に矛盾するような行動をとっていたこと自体にストレスを感じていたのだ、ということにも気づいた。

そこで私は自分自身に、「この苦しい状況から解放されるためにはどうすればいいのか?」と問いかけてみた。


すると心の奥から、

「そんな自分を受け入れること」という答えが返ってきたのだ。


私が「それができないから苦労しているんですが。」と食い下がると、


「それが『自分という人間を理解する』ということです。」と返ってきた。

なるほど。
『人に対して無意識に「好き」「嫌い」の判断をし、無意識にその人に気に入ってもらえるような行動をとってしまうことにストレスを感じる、という自分を理解する』ということか。
だいぶ複雑ではあるが、一応理解はできた。

それでは一体どうすればいいのか、である。

そこが問題なのだ。
どうすればこのストレスを軽減できるか、というのが今回のテーマなのだ。

なるべくシンプルに考えてみよう。
それには「人と接する機会をなくすこと」が一番である。
つまり、人と関わらないようにする、ということだ。

こうなったら山奥に移住するしかないか。
植物や動物に対しては、問題になるようなストレスは感じないで済むからな。

しかし今のところ、これはあまり現実的な解決方法とは言えない。

なぜなら、事実、私は今の環境にいることでメリットも多く感じているし、心のどこかでこの便利な環境に対する未練もあるからだ。

もし、山奥からお呼びがかかれば、その時は行く覚悟はできている。
でも今のところ、自分からその環境を求めて行動に起こすほどの情熱はない。

・・・ということは、だ。
たとえ山奥に移住したとしても、インターネットを介して人や社会と関わることは、ある程度必要であろう。
そして、たとえインターネットを介してであっても、人と関わることはストレスになることである。
完全な自給自足生活でもしない限り、最低限の人との関りは避けられないであろう。
ならば・・・この都会に住みながらも『山奥に住んでいるつもり』で暮らせばいいのではないか?

そんな簡単な話じゃない?

いや、そうでもないかも。
耳を澄ませば小鳥のさえずりが聞こえてくるし、風や雨の音も聞こえる。犬と同居しているから、動物のエネルギーとも常に繋がることができる。🐶

近所のスーパーで旬の野菜も手に入るし、公園の大木や近所を流れる川からは地球のエネルギーも受け取ることができるのだ。

あとは、何から喜びを得るか、である。
ここにきて私は、「一体何が楽しくて生きているのか?」という非常に根源的で、しかも非常にシンプルな、そして、もしかすると一番重要な問いにぶち当たった。

何が楽しいのか?
「私は一体・・・何が楽しい?」

食べること、お風呂に入ること、美味しいパンを焼くこと、こうして心の赴くままに言葉を綴ること、好きなYouTubeチャンネルを観ること、Amazonプライムで映画を観ること、犬たちとじゃれ合うこと。他には・・・ない。

ブログやnoteに投稿した記事に「いいね!」がつけば、まぁ嬉しいことは嬉しいが、それ以上に何の反応もない時に感じる悲しさや悔しさ、孤独感といったネガティブな感情のほうが強いからだ。
今、それに対するストレスも強くなってきているのが事実である。

そのストレスの元となっているのが、
「何か発信しなければならない」という義務感である。

「~しなければならない」という意識で行動することは自分にプレッシャーを与えることになり、自分自身に必要なエネルギーを失うことにもなるから、そんなんだったらむしろ、やらないほうがましなのだ。

ただ、私にはどこか「継続は力なり」という古い観念が残っていて、
「続けることに意義がある」みたいな、妙にクソ真面目な感覚もあるのは確かだ。
たとえ体調が悪くても、気分が乗らなくても、
「なんでもいいからとりあえず発信せよ。(←何の艦長?^^;)」と心のどこかで命令している自分がいるのだ。

だーーー!なんの意味もない!てか、逆効果だから!!

はい!終わり!
やりたくない時はやらない!てか、やっちゃダメ。
(←禁止することも禁止なんですけど・・。)

『大きな変化が訪れる前にはいろいろと崩れる』、というのは何となく肌でわかっている。
だからこそ、今が大事な時なのだ。

調子がいい時は頑張り過ぎず、調子が悪い時は落ち込み過ぎない。
苦しい時に、何とかしようとしてジタバタしない。特に外に対する行動は控える。
不快に感じること(人)からは「そっと」離れる(相手を非難しない)。
やけくそになってぶっ壊さない。(←今までのパターン)

そして、これが一番大事。
『自分を心から愛する』ということ。
今の状況を冷静に受け入れ、自分にとって最善の行動をとるということ。

それが今、こうしてパソコンに向かって文章を書かせているのだ。
これは、外に発信するのではなく自分の内側を見つめ、心の中を整理するという作業でもある。

今回は実験的に、前もってテーマを決めるのではなくその場で出てきた言葉をもとに書き始めてみた。

これは、その場で出てきたキーワードからどれだけ話が展開するか、あるいは自分の頭の中が整理されるか、また今までの考え方や視点に何かしらの変化、進展はあるのか?という自分なりの挑戦でもある。

自分が面白くなければ文章を書き続けることはできないから、ここまで書けたということは、それなりに何か新しい面白い発見があったのだろう。

まだ「スッキリ!!」というほどではないが、
だいぶ疲れてきたので、今回はここまでにしよう。

♡♡♡最後までお読みいただき、ありがとうございました。あなたの幸せのヒントが見つかると嬉しいです^^!いっっぱいの愛をこめて。♡♡♡

桑田華名

お読みいただきありがとうございます!いただいたサポートはクリエイターとしての活動に使わせていただきます。エッセイ、小説、イラスト、瞑想日記など…いろいろ投稿してますので、是非また遊びに来てくださいね!