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楓 作 「未来への一歩」

今井雅子先生の作品「膝枕」の外伝を
書かせていただきました。
ご覧いただきありがとうございます。

今井雅子先生の「膝枕」も合わせて
ご覧ください。

今井雅子先生の正調膝枕と
その派生作品はこちら

楓 作  「未来への一歩」


20代の時、1つ年上のまことにずっと片想い
をしていた。

何度告白しても振られ続けた。

「君のこと嫌いじゃないけど、他に好きな人が
いるんだ」

何年経っても彼とは進展がない。

「そんな風に気持ちをストレートにぶつけられるのは苦手なんだよね」

もう辞めよう、諦めよう。

まことは他の女の子には

「ゆりちゃん疲れてるの?そんなゆりこも
可愛いよ!」ってサラッと言う。

私には、可愛いなんて言ってくれないのに。
嫌い、大嫌い。大好きだけど大嫌い。

もう…誰でもいいから紹介してもらおう。
そうだ、付き合ってる人がいるんですって
言ったら彼振り向いてくれるかな?

どこまでも、バカだね私…。

そんな時、派遣切りの通告が来た。

落ち込んで下を向いてると誰かが
トントンと肩を叩く。誰?
振り向くとまことがいた。
珍しく仕事中に話しかけて来た。

「ちょっと地下でお茶しない?」

「あ、はい」

仕事中に呼び出されるなんて初めてだ。
緊張しながらコーヒーを飲む。

「映画見に行かない?」

「え?」

彼の口から出た言葉は、予想外だった。

彼は、私が今まで気持ちを伝えても逃げて来た。

でも、たまに一人暮らしのアパートに電話が
掛かってきて「今から遊びに行っても良い?」
と言う。私が断れないのをわかってる。

そして、何をするでもなく膝枕だけを
求められる。その先はない。

彼氏にもなってくれない。彼の気まぐれで
突然うちにやって来て膝枕を求められる関係。
私は都合の良い女だ。

なのに、今日は映画に誘われた。

もしかして好きになってくれたの?
それでデートに誘ってくれた?

気持ちを確かめたかった。でも…
きっと期待するだけ無駄だ。
この先もズルズルと曖昧な関係が続くのは
もう嫌だ。

「私、会社辞めさせられることに
なっちゃって」

「あ、そうなんだ…」

沈黙が流れた。

「元気でね」

「今まで好きでいてごめんなさい
 まことさんもお元気で」

他人行儀な挨拶で終わった。

好きだったのに、大好きだったのに…
さようなら。

まことが訪ねて来ていたこの部屋。
ここにいると、心のどこかで期待してしまう。
また突然来てくれるのではないだろうか…と。
この街から離れたところで新しくスタート
したい。


[住宅情報]のアプリを入れた。
適当に条件を入れて出て来た物件の中から
なるべく安くて、築年数が古くても治安の
悪くない場所を探した。

駅から歩いて13分のアパートに決めた。

同世代の人がいるアパートだと聞いたから
女性もいるなら安心かな。

新し過ぎず古過ぎず、住み心地の良い街だ。
私の生活にはまだ何も変化はない。
家と仕事の往復で、淡々と5年が過ぎていった。

私が住んでいるのは2階建てのアパート。
この202号室にも一人暮らしの女性がいた。
顔見知りにはなったので、すれ違う時に挨拶は
する。

"多賀"
ポストにはそう書いてあった。
多賀さんは何をする人なのか知らないが
服装からして、会社員じゃ無さそうだ。

203号室は私。
201号室は男性の一人暮らし。

201号室の前にはいつも置き配がある。
色んな宅配が送られて来る。
女性の出入りがないから、独り身なのだろう。

なんとなく、安心していた。

ひとりだけど、ひとりじゃない。
同じアパートにだって、こんなにひとりの
人がいる。良かった。

ところが…ある日、隣の多賀さんの家に
男の人が入って行くのを見た。
彼は通いではなく、住んでいるように見える。

突然彼氏が出来たの?
聞きたいけど、もちろん聞けない。
多賀さんとはそんな話が出来るような
仲ではない。

多賀さんが頻繁に彼と買い物に行く姿を
見かけるようになった。どう見ても年下。

うらやましい。

最初は、良いなぁ…だったが
段々と悔しくなってきた。
なんで私には彼が出来ないのか?
私の性格に問題があるのか?

なんだか、いつも自分だけが
ついてないような気がしてきた。

多賀さんの部屋の男の人を見てから
ずっとモヤモヤが取れない。

今日が晴れていても、雨が降っていても
寂しさが込み上げてくる。

仕事帰りに商店街を歩いていると
多賀さんが、彼とオシャレなケーキ屋に
いた。シュークリームを買っている。

コンビニのシュークリームじゃなくて
パティスリーの作ったシュークリーム。

今日は奮発して高いシュークリーム食べようか?…の日なのかな。

ふぅーん。

さっさと買い物して、早く、早くうちに帰りたい。歩く速度が知らず知らずのうちに上がって
いる。いつの間にか、小走りでうちまで帰って
いた。

もうやだ。こんな自分、本当イライラする。

携帯をぼーっと見ながら
ふと、"まこと"のことを思い出した。
あれからどうしているのかな…

そうだ!名前で検索したら出てこないかな?
Facebookに名前を入れてみたけど
見つからない。あ、Instagramは?
フルネームじゃ出てこないか。

ローマ字でmakoto…名前と、彼の趣味だった
バイク、あとなんだろう… 何か入れながら
必死に検索してたら、いた!!彼だ。

全然変わってないな。5年じゃあまり変わって
ないか。
色が白くて、雰囲気がかっこいい。

懐かしかった…あの頃にすぐ戻った。
彼のInstagramを隅から隅まで見ていたら
時間なんてあっという間に過ぎていった。

あれから毎日覗いていたら
彼と同じ物を買いたくなってしまった。
そしたら、何だか寂しさが埋まるような気が
した。

こんな本読んでるんだ。
こんな音楽聴くんだ。

Instagramを見ていると彼の日常がわかる。

好きなTV、雑誌。食事の場所。
どこに行って来たのか、誰と一緒だったのか。
どこで今日は打ち合わせだったのか
どこのカフェをよく利用するのか。
彼女はいないのかな…。

もう、私は一緒にいるかのような錯覚を起こしていた。
彼のおすすめの食べ物、彼のインテリア。
何でも真似をしてみた。

楽しかった。

でも…
アパートから一歩出ると現実に引き戻される。

これは、ネットの世界。
私の日常に、まことは居ない。

202号室の多賀さんは、また彼と仲良くお出かけか…

201号室の男の玄関には、先月大きな段ボール箱が届いていた。商品のところには「枕」と書いてある。
枕の割にはやけに大きいわね。
会社名と商品名で、こっそり検索をしてみた。

え、こんなの買ったんだ。
女の腰から下の膝枕じゃない。この人も寂しい
のかな…
ひとりって、寂しいよね。わかる、共感しかないわ。

私も、膝枕じゃないけど何かに包まれたい。

何が私を満たしてくれるのだろう?
そうだ、流行りのAIチャットを使ってみよう。

"寂しい一人暮らし、アラフォー女子に
おすすめアイテムは?"

1.ペット 2.読書 3.インターネット
4.植物を育てる 5.音楽 6.趣味を見つける

でもさ〜賃貸だもん、ペットは買えないよっ
と入力。

"では、大きな大きな"クマのぬいぐるみ"
を購入すると、寂しくなくなりますよ"

へぇ…

あ、TVで見たことあるアレか。
早速ネット通販でゲット。

箱から出してみると予想以上に大きくて
柔らかくて抱き心地が良かった。

私の心を抱きしめてくれるかのように
暖かく包んでくれる。
ちょっとだけ寂しさを満たしてくれた。


201号室の男は、あれから帰りが早くなった。
何だろう、膝枕に癒されたくて早く帰って
来るのかな?
人間、誰しも寂しがりだよね。
この人も膝枕に話しかけたりしてるのかな?
やっぱり癒しが必要よね。

そう思っていた、2ヶ月後。

毎日雨が続いて憂鬱だな…と思いながら
仕事から帰ると、アパートのゴミ捨て場に
あの膝枕の段ボール箱が捨ててあった。

え、もう飽きたの?

そう思って部屋の前を通ると部屋の明かりが
付いていて、女性の声が微かに漏れ聞こえた。

なによ!この人も彼女が出来たの?
みんなどこで見つけてくるんだろ。

203号室の私の部屋の鍵を開けると
暗い、冷たい空気、シーンとしている。
そうよ、誰もいるわけない。

今夜はまことのインスタを見ても
楽しい気分になれない。

ラジオでも付けてみようか…
人の声を聞けば寂しさが紛らわせられるかな? あーだめだ。

音楽にしよう…。
Apple Musicでおすすめを流してみる。

ゴロンとひとり寝転がる。天井をじーっと
見つめる。こんな模様してたんだ。

ツーっと涙が流れて耳に当たる。
冷たい…。
クマのぬいぐるみを抱きしめてみた。

ねぇ、何か言ってよ。
頑張ってねとか、大丈夫だよとか。
僕がついてるから安心してとか…さ。
なぐさめてよ。

はぁ…。外の空気吸いに行こう。こういう時は
歩くに限る。1時間程ブラブラ歩いて公園の
ベンチに座る。
ふぅ…AIチャットくんなぐさめてくれるかな。

"彼がいないと寂しい気持ちになるのは
とても理解できます。でも、あなたには
彼以外にも素敵な友人や家族がいるはずです。
彼がいなくても、あなた自身の趣味や
興味を追求することで、充実した日々を送ることができます。また、自分自身を大切にする時間を持つことで、より魅力的な自分になることもできます"

そっか、そうだよね。わかってるんだよ、そんなこと。わかってるんだけど…

帰ろう。

アパートが見えてきた。
ゴミ捨て場にある段ボール箱が目に入った。

周りに誰もいないのを確認して、中を覗く。

白いレースのスカートを履いた
女の腰から下の膝枕が入っていた。

201号室の人は、寂しさ紛らわせられたのかな?

彼女が出来たらポイか…
仕方ないね。生身の女には勝てないもんね。

箱の中の膝枕が自分に見えてきた。

何か言おうとしたけど、言葉は出てこなかった。

携帯を開いた。
まことに思い切ってメッセージを送ってみようかな…。どんな反応するかな?

やめよう。
後ろばかり向いてても進まない。
良い思い出も、悪い思い出もしがみついてたって何も変わらない。

ねぇ、AIチャットくん、私のストーリーの
結末を教えてよ!


"彼女は、自分自身を取り戻すために、初めて自分の趣味に集中し始める。時間が経つにつれ、彼女は自分自身に自信を持ち、新しい出会いにも積極的になっていく。そして、ある日、本物の愛に出会うことができた。
彼女は、自分自身を取り戻すことで、幸せな恋愛を手に入れることができた"

そっか…。

私が自分自身を取り戻すためには
自分に自信を持つこと。
また会いたいと思ってもらえる人になる。
自分を磨いて魅力的な人になる。
話題豊富な人になる。

そして、誰かを好きになる前に自分を愛して
みよう。いつも後回しだった自分を、まず大切にしてみよう。
そしたら…あの捨てられた膝枕のようには
ならないわよね。

あの膝枕どうしてるかな。
拾って綺麗にしてあげようかな…。



最後までお読みいただき
ありがとうございました。

膝枕朗読リレー
2周年を記念して、制作アップ中です❣️

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