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【鹿の王】深い森の奥へと冒険しながら、命について考えさせられる大人向けファンタジー

上橋菜穂子著
『鹿の王(上)生き残った者』『鹿の王(下)還って行く者』
発行:角川書店

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2015年の本屋大賞になった話題作ですが、尊敬する先輩に薦められ、初めて読みました。まずは「出会えてよかった!」という感想です。ファンタジー小説を読むのは、ハリーポッターシリーズ以来でしたが、大人になってこんなにもワクワクする体験ができるとは思いませんでした。この作品は、獣に襲われて病に罹る元戦士ヴァンと、優秀な若き医術師ホッサルという2人の男が主人公で、ある感染症をめぐって奮闘する姿が描かれています。命や病、医学・医療、家族、故郷、社会、戦争といったテーマが盛り込まれ、壮大な物語になっています。

先が気になって早く進みたいけれど、じっくり深く味わいたい。そんな葛藤を抱えながら読みました。国や民族、登場人物の名前がなかなか覚えられず、とまどう部分もありましたが、病の正体や背後にある存在を突き止めていくストーリーに夢中になりました。また、動物たちのダイナミックな動き、自然と共生する人々の暮らし、揺れ動く感情が丁寧に描写されており、物語の世界に引き込まれます。魅力的なキャラクターがたくさん出てくるのですが、私はヴァンと旅する幼子ユナが大好きです。世界に対するキラキラとした好奇心をもち、一生懸命生きている姿がたまらなく可愛い。不安や恐怖を抱える大人たちを笑顔にする底抜けの明るさは、絶望の中の小さな一筋の光であり、哀しみや苦しみを癒やしてくれるのでした。

「長く生きることができる者と、長く生きられぬ者が、なぜ、いるのか。長く生きられぬのなら、なぜ生まれてくるのか。」かけがえのない大切な家族を失い、生き残ったヴァンは問います。今までピンとこなかったスピリチュアルペインというものが、少しイメージできた気がしました。

一方で、医学・医療に情熱を燃やすホッサルは、人の身体を「ひとつの国みたいなものなんだ」と例えています。以前、「人体は小宇宙である」という言葉に出会ったことを思い出しました。自分の身体の内側で何が起こっているのか、自分のこころはどのように動くのか・・・人体はとても複雑であり、自分自身のことでも、分かっていることはほんの一部だと気づきます。

奇しくもコロナ禍でこの本に出会うことができました。病とは何か、人類にとって医療はどのような役割を果たしているのか、命をつないでいくということについて、改めて見つめ直すことができます。なにより、自宅にいながら遠い世界を旅することができる、ぜひ手にとっていただきたい本です。

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