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大腿骨がネクロマンサー(3-Final)

私の大腿骨が腐った話。(その1)(その2

というわけで、ステロイドを入れる(正しくは、ステロイドの液体を壊死した部分の骨に注入する)治療はなんの効果もなく、ただ、ただ施術中にやたらと痛い思いをしただけ、そして800ドルの請求書がくるだけという結果になってしまい、じぃちゃん先生は、今度は骨に穴をあける手術をすることにした。

因みに保険についてだが、800ドルは保険でカバーされなかった自己負担額。保険会社がカバーした分は8000ドルとかだったのでアメリカの保険システムってホント意味不明である。

しかし骨に穴とは?じぃちゃん先生は、『まぁ3~4か所、ちゃちゃっと開けるくらいだから!すぐ終わるよ!』などと言っていたが、もうこのじぃちゃん先生の言葉を鵜呑みにはできない。だがしかし、骨に穴、の意味が分からず私は詳しく考えることを放棄した。というか、もう痛くて何も考えられなかったのだ。とにかく何とかしてくれという気持ちしかなかった。これは手術である。ということは、2時間、3時間程度の治療よりは効果があるのかもしれないと私はうっかり希望を抱いてしまった。

先にも述べたが、国民皆保険制度のないこの国における医療費の恐ろしさは色々耳にすることがあるであろう。実際、高いのである。とはいえ、それは自分の入っている保険にもよる。私の場合は、仕事場を通じて契約している保険がかなり良いものだったが、それでも保険会社は余計な費用は払い渋るため、入院が認められることは少なく、当初の予定では私も1泊だけの予定であった。

結論から言えば、この骨に穴をあける手術もまったく、なんの効果もなかった。そして、始まる前から、そんな阿呆な、ということの連続であった。

全身麻酔を行うという事実をアルゴに納得させるのに数日、さらに当日、私よりナーバスになっている彼をひたすらなだめすかすという作業ですでに疲れていた。だが、早朝の病院、私は麻酔医の姿にくっそ笑うことになった。

彼はシーク教徒なのであろうか。ものすごいぐるぐる巻きのターバンをしていた(写真参照)。ターバンがおかしいのではない。ターバンは別にいいのである。

彼は、この写真くらいのボリュームでぐるぐる巻きのターバンの上から、髪の毛が落ちるのを防ぐボンネットを着用していた。着用というか、ターバンを上から半分覆うというか、のっけてあるというか。

そもそもターバン巻の人は、インド人50人に1人もいないなどという統計があるほどに少ない。私だってそれまで実際に出会ったことはなかった。シーク教徒は髪の毛を切らないのである。だからターバンの中に髪の毛をしまっている。

ボンネットの意味よ!!!(叫)

髪の毛、全部、ターバンの下だから、そんな申し訳程度にボンネットをターバンの上からすることになんの意味があるのであろうか。この人だって、多分、意味ねぇぇぇって思ってるよね、絶対。髪の毛、全部、ターバンの下じゃん?落ちてくる髪の毛を防ぐのがボンネットだろ?意味なくね?でも病院の規則だからやってんのか?何をどう考えてもおかしいだろ。ぐるぐるにまかれたターバンである。ボンネットには収まりきらず、ターバンの上に乗っかている体だったのである。

麻酔医は丁寧に私のバイタルを取り、丁寧に色んな説明をしてくれ、初めての全身麻酔で緊張しているだろうけど大丈夫だからなどとすごく優しくしてくれた。すごくいい人であった。

でも彼がうつむいてカルテに何かを書いたり、私の身体をチェックするたびに、体を折り曲げるため、のっけただけのボンネットがズリ落ちるのである。彼はそれをすぐに拾い、再度、ターバンの上にかぶせるのだが、ターバンのボリュームゆえに、その使い捨てのボンネットはズリズリと上の方へと脱げていくのだ。全身麻酔のことに色々、注意して聞かねばいけないことだらけだというのに、私の意識と視線はただ、ただ、ターバンの上のボンネットに集中し、実際に麻酔をかけられるその瞬間まで、ずっとずっと、ボンネットの意味よ!!!と、思っていた。

そして気が付けば、私は手術回復室なるところでガチガチ震えて目を覚ました。あれ…?ボンネットは…と思っていたら、ナースに手術は終わったわよ、と言われ、ひぇぇぇとなった。なんということでしょう。

全身麻酔というのは本当に不思議なものである。麻酔医にこれは導入のガスだから、と言われマスク状のものを口にかぶせられたところで私の記憶はすっぽり落ちていた。導入の後に何があったのだ……手術の時間は3時間ほどだったらしい。そして目覚めたのはそれから2時間後。軽くタイムトリップ経験である。

麻酔の副作用なんだかよくわからないが、私は恐ろしいほどの寒気に襲われ、とにかく寒い、寒いと繰り返していた。全裸でベッドの上にいるというのに、うっすい薄いブラケットのみ。ブランケットというと毛布とか布団状のものを連想されるかもしれないが、病院でのブランケットは、ぶ厚いシーツ、もしくは薄手のタオルケットである。ので、10枚ほどの薄手のブランケットでくるまれることになった。重い。そんな薄いものをひたすら重ねるくらいなら、ガウンなり、なんなんり着せてくれよ。

そして麻酔の効果が落ちる頃には、おっそろしいほどの痛みが襲う。そらそうだ、なんせ穴をあけているのである。骨に。

そしてここでクソドラマ発生。なんと私は犯罪に巻き込まれるのである。

手術、入院の話だろ?何言ってんだ、この女……と思われる方もおられると思うが、文字通りなのであるので仕方ない。

処方されていた鎮痛剤をナースに盗まれるという事件が発生したのだ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。最初はモルヒネを注射されていたのだが、どうも体質に合わないらしく、私がげぇげぇと吐いたため、強い鎮痛剤(錠剤)が出されていた。6時間おきに飲む錠剤。そんな状態だったのと、少しばかり喘息の発作も出てしまったので入院期間も3日に延ばされた。

処方された薬は、中毒性が強く、オピオイド系鎮痛薬と言われるもので半化学合成物(semi-synthetic opioids)のオキシコドンというものだった。モルヒネと比べると約1.5倍の鎮痛作用がある(ので、これによる薬物中毒が大問題になっているアメリカなのである)。

ちなみにこの手の医者から処方されている鎮痛剤などはハイになるためのドラッグとして闇マーケットでじゃんじゃん売られていて、だから社会的問題にもなっている。アメリカの超有名歌手がコレのやりすぎで亡くなっているという話をご存じの方も多かろう。この手の処方薬闇販売で捕まるとヘロインやコカインなどの薬物販売で捕まるよりもはるかに重い刑が課される。なぜだか理由は知らない。

手術後の痛みとわけのわからん副作用で恐ろしく具合の悪かった私なのであるが、あること気づいた。担当看護婦が部屋のホワイトボードに記入している薬の投薬時間が明らかにおかしい、というか間違っているのだ。痛みはちっともひかない。それゆえ入院期間が伸ばされた。だが、日に4回飲んでいるはずの薬を私は2回しかもらっていない。

文句を言ってみても気のせいよと流されたが、痛いとはいえ、そこまで意識が定まらないほどではない。いや、おかしい。おかしいなぁ、と首を傾げつつ退院することになったのだ。

退院して数日後、私はそのナースの顔をニュースで見ることになる。容疑は、患者の鎮痛剤を盗み、販売していた容疑。

くっそ、くっそ!そら痛いはずである。本来処方された薬は半分しか渡されず、ナースに盗まれていたのである。処方されていた薬をすり替えられていた可能性だってある。なんということだ……そんな阿呆な……

茫然としながら、私はとりあえず病院と警察に電話をいれた。

『あの~、今ニュースみてたらドラッグの販売うんぬんのナースね。あれ、私も被害にあったぽいんだがどうしたらよいであろうか』

というわけで、警察への情報提供、病院からのインタビューと丁寧な謝罪。訴訟を免れたい一心だったのであろう、病院からの謝罪はとても手厚いものであった。謝罪するなら医療費、ディスカウントしてくれないかなぁと思ったけれど、もちろん、割引なぞはなかった。

どうやら、捕まったナースは常習だったらしく、入院患者に処方された薬を少しずつ、ちょろまかして、売りさばいていたらしい。ちなみに現在では、どこの病院でも薬の管理はかなり厳しく、またコンピューター管理されているので(患者のリストバンドをスキャンしたりする)こんな事件が起こることはもう滅多にないのであろう。骨が腐っただけでは足らず、えらいことになってしまった。

だが、である。

この手術まったく、なんの効果も出ず。術後、半年は『絶対に』左足に体重をかけるな、でないと骨が崩れるとまで言われ。おっそろしく不便な生活を強いられたのに!それなのに!まったく、全然、何の成果も!!得られませんでした!!…そういえば、進撃の巨人は途中でリタイアしてしまったのでいつか全部一気に読みたい/観たいものである。あ、この何の成果も!は、進撃の巨人のセリフなんである。

そしてクソドラマは終わらない。

足の痛みはひかず、ちぃっとも効かなかった治療と手術により余計な手間暇(と、医療費)が増え、挙句、ひどく不便な生活。松葉杖生活をしてそろそろ1年くらいになりそうな頃だった。

クソぅ、今度こそもう文句は言わせぬ。骨を切るなり、人工関節にするなり、とにかく、じぃちゃん先生の意見はスルー。もう絶対の絶対に、確実に『治る』治療をさせる!!!骨切るなりなんなりしろや!バッチコーイ!

そんな風にふんが、フンがと意気込んで予約を入れるために電話をいれて、茫然。

なんと。じぃちゃん先生、死去のお知らせ。

えええええ。じぃちゃん先生、私の手術後のフォローアップで顔を合わせた後、しばらくしてからに亡くなっていたらしい。次の診察は3か月後とか言っていたのに。ちょっと意味がわからない。いや、主治医なんだが?!病院からのお知らせも何もなく、うやむやになった予約についての連絡もない。なんたることだ。ふんが、フンが。

私は驚きと怒りに震えて、言われた手術を2回もしたのにちっともよくならないどころか、酷くなり、挙句、前回の手術の折では犯罪に巻き込まれ、その上、担当医が死んだってどういうこと?!私の大腿骨、股関節は腐っており、薦められるがままに穴まであけているのだが?!意味が!まったく!わかりません!!

これは、私でなくとも、ふんが、フンガ案件ではないだろうか。私のあまりの憤りっぷりに、横で見ていたアルゴまでもがオロオロする、そんなものすごい怒りのテンションであった。

それから紆余曲折あり、私は現在でも私の担当をしている外科医に巡り合うことになる。その先生は、じぃちゃん先生の教え子で、じぃちゃん先生の死後、彼の受け持っていた患者さんを数人の先生たちに割り振られた結果、私は幸運にも、人工関節手術でかなり有名な先生とめぐりあった。ちなみにその外科医はかなりダンディな見た目の先生であるので、ここではダンディ先生と呼ぶことにする。

ダンディ先生との初診察は、私がフンがふんがと文句を垂れた電話をしてから2週間後だった。この国の病院にしては異例のスピードである。ふんがフンがしてよかった。彼は診察室で私を見るなり、にっこり笑って言った。

『君のこの病気が完治することはないのは知ってるね。だから、この痛みに耐え続けて生きるか、すぐにでも関節を人工関節にする手術をするか、君にはこの二択しかないがどうしよう?ついでにいうと、君はすごくラッキーだ。なぜなら、つい今しがた、たまたま、僕の手術スケジュールに空きがでたんだ。これはとっても稀なことでね。因みに僕はこの人工関節にする手術を年間に100件以上こなしているのだけど、もし君が今すぐ決断できれば、来週手術できるけどどうする?もし待ちたいならもちろんそれも良いけど、次の空きは半年後くらいになるよ』

「おっちぇぇぇぇぇ」(Okaaay)と私は即答した。

だってもう本当にうんざりしていたし、車の運転もできず、普通に買い物にもいけないのだ。私に「やる!!!」という以外の選択はなかった。実際、どんな手術なのかとか詳しくはその時点では知らなかったが、もう今すぐ!その空きを!!確保して!!!

と、言った後、私は、驚愕することになる。

『OK。君、良いね、即答で。みんな君みたいなら、診察もサクサクいくんだけどね。で、簡単な流れを説明すると、左の太ももから上のあたり、ここを10インチ(25センチ)ほど切って、で、コレを入れるから!ちなみにコレ、タイタニウム製だから20年から25年は持つからね(にっこり)』

そう言ってダンディ先生はドン、と小さなトロフィーのような、金属のオブジェを私の目の前に差し出した。大きさ的には、20センチ強というところであろうか。オブジェでも、トロフィーでもない。シルバーのぴかぴか光るそれは、実際に私の身体に入れるというインプラントだった。

「こ、こ、こ、これを?いれるのかい?!(驚)」

目を白黒させる私に、ダンディ先生は、『そそ、このとがってるとこを大腿骨内部に差し込むようにしていれて、この丸いとこ、ここがね、股関節のとこにこう、きゅぽっとはまるわけ』

再度、押し寄せる漫画カイジのぐにゃぁぁぁシーン。私の顔はまさしくぐにゃぁぁぁとなり、頭の中では、アニメ版カイジのナレーター、立木文彦氏の声がぐるぐると頭に回っていた。

『今までの人生の岐路でいつもその判断を他人に委ね流されて生きてきたッ!!!!』

……人生の岐路っていうか、まぁこのネクロマンサーの治療法だけど……

というわけで、大腿骨がネクロマンサーの話はここでおしまい。続くNoteは、人工関節置換手術の諸々と経過。タイトルは魔改造。

そして私はメカになるのである。


あとしつっこいですけど、カイジ漫画のぐにゃぁぁはぜひ、知らない方は画像検索していただきたい。ぐにゃぁぁぁ。あと、アニメ版カイジ、ナレーション、立木文彦でググったら、多分、動画とかあると思いますので、ぜひ。


(大腿骨ネクロマンサー終)→(魔改造に続く)










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