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『帰省』


                                    

◎人物表

山岸謙治(享年52歳) 故人

山岸由美子(48歳) 山岸の妻

山岸拓也(21歳) 山岸の長男

山岸健人(18歳) 山岸の次男


犬飼幸次郎(58歳) 大学教授


前田健吉(享年82歳) 故人


滝田正二(享年18歳) 山岸の先輩


田山未海(18歳) 健人の恋人


ケイタ 山岸の幼馴染

キンちゃん 山岸の幼馴染



〇バスの車内

   故人の国から現世に行くバスに乗っている、故山岸謙治(享年52 
   歳)。隣に座っている故前田健吉(享年82歳)が山岸に話かける。

前田「今年のお盆は暑うて、孫たちの顔を見に行きたいのも山々じゃが、暑いのもねえ…」

山岸「ええ…」

前田「うちは山口じゃけ、盆地でのう。夏は暑うてえらくてねえ… お宅はどちらまで戻られるのかね」

山岸「私は、長野です」

前田「おお、それは涼しそうじゃ」

山岸「涼しさだけが取り柄のような山の中です。標高900メートルの…」

前田「ほう…」

山岸「10年前までは冷房なんてなかったなあ… でも最近は温暖化で昼は30℃を超える日なんてのもあって、去年初めて戻ったら冷房があってびっくりでした」

前田「お宅は若く見えるが、去年が新盆かね?」

山岸「ええ」

前田「じゃあ、今年は2回目だ」

山岸「ええ」

前田「うちは婆さんがボケちまって、毎年行っちゃ、ばあさん連れてこようとしてるんじゃが、わしが化けて出ても、それすらわからんから」

山岸「え、化けて出るなんて、出来るんですか?」

前田「ん? あんた知らんかね?」

山岸「…はあ…」

   前田、周りを見回し、山岸の耳のそばに顔を近づけ、ひそひそ声で何 
   事か山岸に教える。興味深そうにうなずきながら、前田の話を熱心に
   聴いている山岸。

山岸「ホントにそれで相手に我々の姿を見せることができるんですか?」

   前田は口の前に、内緒で、と人差し指をたてながら微笑む。


〇山岸家・玄関先(夜)

   家族が留守で玄関には鍵がかかっている。通り抜けて入ろうとして、 
   前田老人の言葉を思い出す山岸。

前田「いいかい、我々は鍵がかかっていても通り抜けられるし、遠くに行こうとしたら、電車や飛行機に乗らなくてもひとっ飛びで行ける。じゃが、それをしちゃいかん。一年で一度だけ、我々が元の世界に戻れる3日間、生きている人間と同じようにふるまうんじゃ」

   玄関先を見回す山岸。馴染みの子供たちの自転車2台の隣に見慣れな
   い400ccの中型バイク。バイクを見つめる山岸。そこへ車のエン
   ジン音。車は妻、由美子(48歳)が運転している。助手席には見慣れ
   ない男。車が停まり、後ろのドアが開き、次男・健人(18歳)に続
   き、長男・拓也(21歳)が出てくる。スマホをいじりながらの健人が
   玄関の鍵を開ける。無表情な拓也がそれを待つ。助手席からほろ酔い
   の男、犬飼幸次郎(58歳)が降りる。最後に運転席から妻・由美子が
   荷物を持ち降りてくる。それぞれ、家に入る一同。続いて家に入ろう
   か迷う山岸。ガチャリと内側から鍵が掛けられる音。バイクを見る山
   岸。ためいきをつき内ポケットから一枚の紙を出す。この世とあの世
   をつなぐバスの時刻表。

山岸「終バス、行っちゃったか」

   前田老人の言葉を思い出す山岸。

前田「全てを受け入れなきゃならんよ。何かを無理に動かそうとしちゃいかん」

   家の周りを見て回る山岸。玄関のドアが開き、次男の健人が出てく 
   る。スマホを見ながら夜道を歩きだす健人。それを追う山岸。


〇神社(夜)

   神社の石段に座り喋っている次男・健人と健人の恋人・田山未海(たや 
   まみみ)(18歳)。その石段の三段上に座り、話を聞いている山岸。

未海「明日9時の電車で松本行かない?」

健人「…うん」

未海「あれ? 明日何かあったっけ?」

健人「いや」

未海「どうしたの?」

健人「え、何が?」

未海「何か変」

健人「いや、別に」


 
〇夜道

   未海と別れて家に向かう健人。健人の背後を歩く山岸。頭をよぎる前 
   田老人の声。

前田「自然に接しなければならんよ」

   健人の横に並んで歩く山岸。

山岸「どうだ、学校は…」

健人「…」

山岸「夏休み、部活か…」

健人「…」

山岸「あ、もう部活終わってるか、受験だな」

健人「…」

   スマホを見ながら歩く健人。話しかける山岸。

山岸「さっきの、田山さんとこの… なにちゃんだっけ…」

健人「…」

   家につき玄関の引き戸を開け中に入る健人。鍵をかけずに家にあがる 
   気配。入ろうか迷い、思い切って引き戸を開け、中に入る山岸。見慣
   れない男物のカジュアルな革靴を見つける。思い直し、外に出て引き 
   戸をしめる山岸。


〇お墓(夜)

   故人たちがお墓の広場で宴会をしている。その様子を遠くから見てい 
   る山岸に中学校時代の先輩・故滝田正二(たきたしょうじ享年18歳)
   が声を掛ける。

滝田「おい! けんじ!」

山岸「あ、しょうじさん?」

   ××××

   宴にまじり、飲んでいる山岸と滝田。

滝田「そうか、脳梗塞で、去年こっちに、か」

山岸「ええ」

滝田「苦しんだか?」

山岸「いえ、気づいたらこっちに来てましたから」

滝田「だよな、オレもバイク乗ってて気づいたらこっちだったからびっくりよ」

山岸「しょうじさんの事故、高校の時でしたよね。おじさん、おばさん、お元気ですか?」

滝田「おふくろは妹と塩尻に住んでてまだピンピンしてる。オヤジは施設に入ってるらしい。いつこっちに来てもおかしかねえらしいけど。おめえんとこは?」

山岸「あ、うちの親は、兄貴と一緒に松本に住んでるんで」

滝田「てか、おめえ、三日間しかねえのに、こんなとこ来てていいのか?」


〇山岸家・玄関前(深夜)

   お墓から帰ってきた山岸。2階の長男・拓也の部屋の電気がついてい 
   る。

山岸「拓也の部屋か」

   玄関の鍵は開いている。酔いも相まって、そっとドアを開け、家に入
   る。見知らぬ靴を見ないように靴を脱ぎ、そっと二階へと上がる。

   ××××

〇山岸家・二階(深夜)

   ドアが半分開いている。見ると、拓也と犬飼が酒を飲みながら何かの 
   資料を見て、それについて話している。

拓也「僕は邪馬台国は北九州説を推してるんですが」

犬飼「まあ、それは山岸君の自由だよ。その根拠が、もっと自分独自でない 
と弱いんだよね」

拓也「わかりました、もっと独自の見解ですね… (時計を見て)あ、先生、もう寝ましょうか。明日帰るんですよね」

犬飼「ああ、すっかりお世話になっちゃって。夕ご飯のあの山賊焼きの店も美味しかったなあ」

拓也「あのくらいしかないんですよ、この辺には」

犬飼「お酒までご馳走になっちゃって… お母さんにもよろしくね。それにしてもいいところだな、君の村は」

   テーブルをどかし、押し入れから布団を二つだし、並べて敷く拓也。

犬飼「何から何まで悪いねえ」

   きびきびとした動作で布団を敷く拓也を微笑ましく見つめる山岸。犬 
   飼を見て、

山岸「拓也の先生か…」

   ふっと大きく息を吐き、微笑む。

   ××××

〇山岸家・居間(深夜)

   夫婦の寝室のふすまをそっと開けてみる。妻・由美子の布団に潜り込
   んで寝ている次男・健人。

山岸「健人、まだママと寝てんのか(笑)」

   健人を挟んで川の字で寝る由美子、健人、山岸。


〇山岸家・玄関前(朝)

   犬飼を見送る拓也と由美子、それを見ている山岸。

犬飼「本当に何から何までありがとうございました」

由美子「いえいえ、何もお構いできずに」

犬飼「山岸君、また東京でね」

拓也「先生、ありがとうございました」

犬飼「それにしてもいい所だ」

   バイクにまたがり、ヘルメットをかぶりバイクを発信させる犬飼。見
   送る拓也と由美子と山岸。由美子が玄関から健人を呼ぶ。

由美子「ケンちゃん! お墓、行くわよ」

   玄関に出てくる健人。

健人「オレ、9時の電車で松本行くから」

   家から駆けだす健人。

由美子「まったく…」


〇お墓

   由美子と拓也が山岸のお墓参りをしている。墓石に水をかけて磨く拓 
   也。花を添える由美子。それを微笑ましく眺める山岸。そこへ幼馴染 
   のケイタとキンちゃんが来る。

由美子「あ、これはありがとうございます」

   ケイタ、キンちゃん、山岸の墓に線香をあげる。そこへ滝田が寄って
   来る。

滝田「いいよな、おめえんとこは。オレんとこなんか誰も来ねえや」

山岸「毎年、こうだといいですけどね」


〇翌日・山岸家・玄関先(夜)

   玄関先でたいまつを焚く由美子、拓也、健人。健人はたいまつの灯で
   花火をしている。

由美子「(健人に)あんたお墓行ってないでしょ」

健人「あ、忘れちゃった」

由美子「ちゃんと線香あげないとダメでしょ」

   健人、線香花火を手に取り、

健人「じゃ、これで」

由美子「またふざけて」

   線香花火の小さい火花を見つめる、健人、由美子、拓也、そして山 
   岸。線香花火の火花が弱くなり、やがてなくなり、赤みを帯び、少し
   膨らみ、次の瞬間、落ちる。その時、

山岸「あ…」

   山岸の声に、由美子、拓也、健人が反応して山岸を見る。

拓也「あ…」

健人「え…」

由美子「パパ?」

   前田老人の言葉が蘇る。

前田老人「当たり前にすることが大切じゃ。それが現世の人間の心に飛び込める唯一の方法じゃ。それであっちの人間との想いが見事にあわさった時、その瞬間、奇跡が起きるんじゃ」

   線香花火の火玉が地面に落下すると同時に三人の目から山岸の姿が消 
   える。


〇バスの車内

   並んで座っている山岸と前田。

前田「その顔は奇跡が起きたかな」

山岸「はい」

前田「おお、それは来年も楽しみじゃな。うちのばあさん、もう一年は持たんじゃろ。来年はとなりにボケたばあさんが一緒じゃがよろしく」

山岸「こちらこそ」


【完】

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