幻の国|物語に仕組まれた謎
どう形容すればいいか分からない
作品のタイトルというのは、よくよく考えた末に決められる。
テレビ番組なら内容を一言で表しつつ、語感のよい言葉が選ばれるようだ。
不思議な話なら「アンビリバボー」とか、珍しい光景なら「ナニコレ」とか、奇妙な物を紹介する「世界の何だコレ」といった表現になっている。
「不思議だな」と感じることは、何事か理解できていなかったり、正体不明だったりという状態なので、それを表す言葉が少ない。要するに、
不思議なことは大体が「不思議」という言葉に収まってしまう。
若干、何を言っているのか分からなくなってきたが、
今回の題材は、「不思議」の一言に収まらない不思議なこと、
考えれば考えるほど疑問が湧き、掘れば掘るだけ資料が出てくるのに、
調べれば調べるほど謎が生じて、訳が分からない物語。
オススメできない作品
映画「王になろうとした男」
この映画は、タイトルからして微妙なニュアンスを含んでいる。
国内映画情報サイトのユーザー評価も星3~3.5くらいと微妙。
類似したテーマの作品を挙げれば、物語のタイプが分かるかもしれない。
・西洋人が辺境を旅する冒険映画
「インディ・ジョーンズ」「トゥームレイダー」「ハムナプトラ」
・軍人が現地化する異文化交流映画
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」「ラスト サムライ」「地獄の黙⽰録」
誰かにオススメするなら「地獄の黙⽰録」を選ぶ。
でも「王になろうとした男」は、他の映画にはない不思議がある。
映画はきっかけに過ぎず、興味を掻き立てる要素が映画の外にある。
実話か、作り話か
この作品に疑問を持ってはいけなかった
映画を鑑賞してストーリーの進行に疑問が湧くところは、あまりないので、
受け流してしまいがちだが、この作品は実話だという。
例えば「インディ・ジョーンズ」が実話だと言われも信じないが、
この作品に関しては、有りそうで無さそうな微妙な感じが、逆に
気になって少し調べてみようか、と思ったのが事の始まりである。
違和感の始まり:
とりあえずWIKI。原作小説の記事に、
「この小説は、ジェームズ・ブルックとジョシア・ハーランの二人の経験を元にしている。」とあったので、二人の記事を読んでみたが、
映画の登場人物とは、なんか違う感じがする。
どこが違うと、はっきりしないが印象が違う。
このような違和感が資料を掘っている間、ずっと続くことになる。
物語のモデルは誰?
調べてみたら、もっと出てきた。
この物語のモデル候補として推察されている人物は、二人だけではない。
最も有力な候補として挙げられるのが、冒険家ジョサイア・ハーラン
登場人物との違い:
ジョサイア・ハーランが王子の称号を得たゴール州はアフガニスタン西部にあたるが、物語の目的地カフィリスタンは、北東部にあったとされる。
ハーランは医師であり、軍事的知識を持っていたのか疑問があり、また、
交渉や謀略を巡らすことに長けた人物のようで、人物像が異なる。
カフィリスタンはどこ?
物語が書かれた1888年頃は、カフィリスタンに関する情報が限られていた。設定上のカフィリスタンは、ドコだったのだろう。
物語は、カラシュ人とチトラル地区が舞台となったと考えられる。
マクネアの冒険は新聞でも話題となっており、原作者キプリングは新聞社の編集にも関与していたので、マクネアの報告を参照した可能性が高い。
それによって偶然か、意図的か分からないが、情報の行き違いが起きて、
「カフィリスタン」が幻の国となっている。
仕組まれた謎?
マクネアの報告を参照して物語を書いたと考えるのが妥当だが、
もし、キプリングが意図的に設定上の「カフィリスタン」に
秘匿性を持たせて、興味を掻き立てるように工作しているとしたら、
まんまと企てに嵌っていることになる。
でも、そのような企てが考えつくものだろうか。
この物語には不思議な点が多いので、混乱して色々考えてしまう。
混乱ポイントを以下に列挙してみる。
混乱ポイント1:「実話」を匂わせる記述
小説内で、実在の書籍が示されている。
混乱ポイント2:フリーメイソン
フリーメイソンって何?という所から始めると資料が膨大になる。
捉えどころがなく厄介なので、映画に登場する要素だけを挙げ、
一応の解釈を与えてみる。
・メンバーの行動
「ドレイボットとカーネハンは、マハラジャを脅迫して逮捕される。
フリーメイソンのメンバーが、その地位を利用して犯罪の罪を逃れる」
メンバー間の助け合いの関係を誇張して描いているのか。または、
その影響力を誇示するために司法への介入を描いたのか。
・伝説と紋章の一致
「アレクサンダー大王が東方遠征の際にカフィリスタンに残した紋章と
ドレイボットが新聞記者にお守りとして貰ったコンパスが一致する」
これによりドレイボットは、神の子孫として認められる。
そして、このお守りを渡した新聞記者がキプリング本人である。
実際にキプリングはフリーメイソンのメンバーだった。
・王になろうとして神になった男
「二人が交わした契約は、『王になる』だったはずで、成り行きで
神として崇められ、それを利用して国の征服者となる」
不可能と思われるような高い目標を達成するサクセスストーリーととるか、
他者を利用して、自らを高次の存在へと押し上げようとする謀略ととるか。
物語の続き
カフィリスタン(現在のヌーリスタン)では近年にも紛争が起きている。
2008年には、アメリカ陸軍のヘリコプターが民間人を攻撃し、17人を殺害したことで住民感情が悪化し、アメリカ軍部隊がゲリラ部隊によって襲撃された。100年前に書かれた小説と類似した状況が近年でも継続していることに驚かされる。
白人の救世主
野心家のキャラクターや開拓者精神が受け入れられたのか
海外の映画情報サイトでは、本作のユーザー評価は高い。
imdb 7.8/10
rotten tomatoes 97%/91%
「人種差別的で残酷で帝国主義的だが、見方を変えれば良い映画だ」
という言い回しのレビューがあった。例えば、
主人公が救世主だと仮定してみれば、紛争を終わらせた英雄の話ととれる。
主人公が詐欺師だと仮定してみれば、悪党が征服者となった話ととれる。
その他、第三者からの視点として奇妙な話や失敗談という見方もできる。
帝国主義的な展開を見せる物語への批判として、
「白人の救世主(white savior)」という言葉がある。
この批判の端緒となったのが、キプリングの詩「白人の重荷」とされる。
読み方によっては、望まれない征服者を皮肉った詩のようにも読めるが、
帝国の征服を正当化する詩という解釈が定着している。
そして、「白人が非白人の人々を窮地から救う」という物語の典型として
映画、テレビ番組、漫画、有名人の慈善活動と形を変え引き継がれている。これらは「ホワイトセイヴァー産業複合体」と呼ばれているという。
差別的な物語と解釈される一方で、無邪気に楽しむ娯楽として、一般に普及している。加えて、その普及に無自覚に加担してしまう状況がある。
蛇足
物語の典型を用いてコンテンツが再生産されているということなので、
「白人の救世主」という文脈に沿ってストーリーを書き換えてみた。
確かに、どこかにありそうな物語が簡単にできた。
※モヤモヤポイント1
wikiの記述に踊らされる。物語の真実性に関わる部分、
「経験を元にしている」が事実を元に創作したインスパイアなのか。
「経験を基にしている」事実に忠実に再現された話なのか。
どの創作物も事実にインスパイアされているだろうから、
わざわざ現実と関連付けられると混乱する。
※モヤモヤポイント2
原作者名のカタカナ表記にゆれがある。
ラドヤード・キプリング
ラドヤード・キップリング
ルドヤード・キプリング
ラディヤード・キプリング
ジョゼフ・ラドヤード・キプリング
ジョセフ・ラドヤード・キプリング
ジョーゼフ・ラドヤード・キプリング
ジョゼフ・R・キプリング
省略したが、組み合わせ違いで相当なバリエーションがある。
参考資料
ウィリアム・ワッツ・マクネア
報告書タイトル:
「Report on the Explorations in Part of Eastern Afghanistan and in Kafiristan」
発表年: 1885年
ロバート・ウォーバートン
ウォーバートンは、現地の部族民からなるカイバーライフル隊(Khyber Rifles)を組織し、部族の知識と地理的な優位性を活用して、
効果的な治安維持活動を行った。
著作タイトル:
「Eighteen Years in the Khyber: 1879-1898」
発表年: 1900年
アレクサンダー・ガードナー
マクネアよりも先にカフィリスタンを旅したとされる。
書籍タイトル:
「Soldier and Traveller. Memoirs of Alexander Gardner」
発表年: 1898年
ジョサイア・ハーラン
「A Memoir of India and Afghanistan.」
発表年: 1842年
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?