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【連載エッセー第41回】畑を借りる

 丸山啓史さん(『気候変動と子どもたち』著者)は、2022年春に家族で山里に移り住みました。持続可能な「懐かしい未来」を追求する日々の生活を綴ります。(3月からは月3回のペースで連載しています。)*********************************************************************************

 家の近くのスクラップヤードの騒音は続いている(第23回第32回を参照ください)。夜の8時頃まで金属音が響く日もある。連日、遅い時間までライトが周囲を煌々と照らしている。

 町内会長さんといっしょに京都市役所で対策を訴えても、「今のところ市内で問題になっているのは1か所だけだから」と言われてしまい、他の自治体で進んでいるような規制条例づくりを検討してもらえない。「公害が広がったら対策を考える」ということのようで、公害の予防はしないらしいし、1か所だけなら公害が放置されるようだ。

 日常的にスクラップヤードの騒音にさらされていると、心身が傷ついていくのを感じる。常に大きな音がしているわけではないものの、いつ大きな音に襲われるかわからないので、いつも体が緊張してしまう。

夜遅くに金属音が響き渡ることもある

 防音効果の大きい二重窓の部屋から出るだけでも、ちょっとした決意をしている気がする。家の外に出るときは、騒音を気にしながら、おそるおそる戸を開ける。近所を歩くときも、逃げるように速足になってしまうことがある。

 外出先から自分の家に帰ろうとすると、ぼんやりと不安を覚え、ドキドキするような感じになる。スクラップヤードのことを考えてしまう。「また嫌な思いをするのだろうか」という恐怖感がまとわりつく。

 家を離れているときでも、金属がぶつかり合うような音を聞くと、小さめの音でも、嫌な感覚が体内によみがえる。工事現場の横を通って、重機の音や金属の音が耳に入ると、以前にはなかった苦しさを感じる。映画を観ていても、金属片をトラックに放り込むシーンがあると、身体が不快感に襲われる。

 それでも、私や子ども2人は、職場や学校に行っているので、家にいる時間が少ない。一方で、妻は、日中に家にいることが多い。毎日のように、長い時間、スクラップヤードの騒音と向き合わなければならない。経験しないとわかりにくいかもしれないけれど、これは一種の拷問のようなものだと思う。

 窓を閉めきった家の中にも、スクラップヤードの音は響いてくる。逃げ場がない。家で安心して過ごすことができない。

 スクラップヤードの騒音を受ける日々が続くなかで、妻は心身の不調を抱えるようになった。昼間に家にいることが難しくなってきた。

 スクラップヤードの騒音公害を止めるための取り組みも少しずつ進めているものの、すぐには解決しそうにない。さしあたり自分たちの身を守る必要がある。一時的に転居することも含めて、妻といっしょに対処法を考えた。

 あれこれのことを考え、いくつかの道を探るなかで、家から自転車で10分くらいのところに畑を借りられる方向になった。家の横の畑に比べると、かなり広い畑だ。雨風や日差しをしのげる小屋もあり、トイレも近くにあるので、その畑を日中の居場所にすることができる。

家の横の畑でも夏野菜を育てたい

 畑を貸してもらうことになったのは、スクラップヤードの騒音公害のせいだ。自分たちの家で安心して過ごせないのはやるせない。けれども、くよくよしているだけではつまらない。今の状況のなかで、できることを精一杯やってみよう。

 私たちは、畑の世話をする暮らしがしたくて山里に移り住んだ。スクラップヤードの問題があって、結果的に、広い畑に向かって背中を押された。畑とともにある暮らしに向けて、新しい一歩を踏み出すことになる。この一歩を大切にしたい。

『気候変動と子どもたち 懐かしい未来をつくる大人の役割』
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#里山 #里山暮らし #山里 # スクラップヤード#騒音