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『水を縫う』を読んで/刺繍小説

 数年前、ステージ衣装に刺繍をする依頼を受けた。無事にライブが終わったあとの楽屋で、その衣装を着た歌手から「心強かった」と感想をもらったことが忘れられない。照明が当たった私の刺繍は遠い客席からは殆ど見えなかったけれど、身に纏うその人を強くすることができたと知りホッとした。

 『水を縫う』は、姉のウェディングドレスに主人公の清澄が刺繍をしようと決意する話だ。服を着ることで力を漲らせる終盤の展開に、先のエピソードを思い出した。高揚する姉弟の無垢な会話はとてもリアルで、小説であることが不思議に感じるほど。


 「本人が着とって落ちつかへんような服はあかん」という一文が、この物語の全てに繋がっているようで印象的だった。理屈じゃなく、しっくりくること。真っ直ぐに刺繍を求め探究する清澄に出会えば、刺繍を知らない人も刺繍に魅了されるに違いない。そんな想像をすると私はわくわくしてしまう。


 寺地さんの文章は、お腹から声を出しているような力強さと安心がある。まっさらな10代のこどもたちへもおすすめしたい。

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