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刺繍のこと 『刺繍小説』編1

  昨年、『刺繍小説』という名前の「読む刺繍の本」を扶桑社から出版した。

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  読書をしていて「料理や編み物はよく書かれているけれど、刺繍シーンはあるのかな?」と気になったことをきっかけに、小説内の刺繍を探し、それを私なりに刺繍にしてみた書籍だ。既存のハウツー本ではなく、「刺繍をしないひとでもたのしめる本をつくりたい」と兼ねてから持っていた希望が叶った一冊でもある。もちろんつくりたい人はつくることができるよう、図案付き。


  〈刺繍小説〉とは、刺繍シーンを描いた小説のこと。『刺繍小説』では私がみつけた28冊全ての一覧とともに、一部を私なりの刺繍にして紹介している。

  例えば、いしいしんじさんの名作『トリツカレ男』の刺繍はこんなふう。

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  あらゆるものに夢中になる主人公のジュゼッペが、あるとき刺繍を始める。無二の親友のハツカネズミをモデルに港の風景を刺繍する短いシーンで、刺繍の細かな詳細はわからない。大切な親友をモデルにしたのだから、きっとハツカネズミのことをとびきり丁寧に刺繍しただろう。チェコに旅行したとき「『トリツカレ男』の世界みたいだな」と感じたのを思い出し、異国の旗の文様のような図案にした。

  いしいしんじさんとは実際にお会いし、この刺繍をお見せして『トリツカレ男』の制作話を伺った。その内容を私が小説仕立てにした特別対談も『刺繍小説』に掲載しています。

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  川本晶子さんの『刺繡』も刺繍に初挑戦する話だ。主人公・エリの手芸が得意な母は、認知症を患いコミュニケーションが難しくなる。そんなお母さんに認めてもらいたくてエリは刺繍を始めるのだ。刺繍をすることでエリの心が解放され他者との距離が縮まるのが印象的だった。エリはイラストレーターなので絵が上手い。繊細な花のスケッチを図案にし、初心者向けのステッチを中心に使用した。

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  三浦しをんさんの『あの家に暮らす四人の女』は、私のような在宅ではたらく刺繍作家の話で、おかしな生活習慣には共感が多かった。主人公の佐知は刺繍に自らのアイデンティティを見出している。あるとき出会った男性に自分のことを知ってほしくなり、その手段に刺繍を披露することを選ぶ。佐知の高揚感が印象的なシーンだ。

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  こんなふうに自分なりの『〇〇小説』を見出して読書をするのは、とにかくたのしい。想像は自由で図々しくてわくわくする。『刺繍小説』はそんな、あたらしい読書のたのしみを提案する刺繍の本です。

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