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11.04 Scramble Fes2018@O-EAST

11月4日12時30分。
「…カネコアヤノで」
O-EASTの階段を上がった先にある受付でドリンク代を払い、迷いながらもお目当てアーティストを答えた。

先日突然と言えば突然なのだが、4日空いてる?と彼氏に聞かれてScramble Fes2018に誘われ、OKとわりと即答した。
パニックを発症してからハコを遠ざけていた私にとって、今年はサークルのOB/OGバンドが多く出演していた内輪ライブから始まり羊文学のワンマンと少しずつライブ会場という所への復帰を果たしていた。
彼氏に一度誘われたNulbarichのライブも、結局キャパシティと人混み、人口密度が心配で断った。
それでも今回、珍しくというと語弊があるかもしれないがフェス派の彼がハコ派の私を誘ってくれて、そして今まで私が見てきたような所謂エモ系のバンドばかりではないお洒落な、ここではチルアウト系バンドと定義しておくがそんなアーティスト揃いということもあってわりと楽しみにしていたし、正直嬉しかった。
彼は友人としか行かないイメージだったからだったのもある。(機会があれば誘ってくれてはいたのだけれど、いつも私の体調を考慮してくれていた…頭があがらない)

この日のために自分で作ったプレイリストにセンスがなさすぎたようで、彼がその翌日にはプレイリストを作ってくれた。
そしてトップバッターで一応お目当てと称したカネコアヤノ。
彼女のライブによく足を運んでいる彼氏から聞いていたのだが、バンドセットの時のベーシストが本物のモヒカンらしい。これは楽しみだ。
颯爽と現れて何の前触れもなく、ザッとステージに立ち並んだ3人とバックのドラマー。
「…モヒカンや」
ベーシストが本当にモヒカンだった。しかも本物の。
彼はモヒカンでサングラスもして、下手したらオイとかドスの利いた低い声で話しかけられちゃうんじゃないかというくらいの存在感をしていて、なのに曲が始まれば高い声で、カネコアヤノ本人によりも上のキーを歌っているんじゃないかというくらいの歌声。ギタリストも味のあるロン毛、旅人のような、さすらいのギタリストのような扮装。
歌い始める彼女は音源で聞いていたよりずっと力強く、あまりにも大きすぎるインパクト。昼間という時間帯にも関わらずフロアを埋める人を前に彼女の強弱のついた甘くて、時々ズシリと突き刺さる声が響く。
ノリにノッて調子づいた私は軽くドクターストップのかかっているアルコールを手にした程だ。

手にしたハイネケン350mlの缶が後で効いてくるわけです。医者のいうこともたまには聞くものですね。
サイドにある小さなステージでの演奏をBGMにビールを飲む。こんなステージあっただろうか。
私がO-EASTに来たのは多分3、4年ぶりくらいで、その時はまだ学部生で、まだバンギャをやっていて、V-BAND祭だったと思う。その時にはなかったような気もする…と思いながらいつもお世話になっていた柵に寄っかかっていた。
再び本ステージで行われたHomecomings、続くバレーボウイズ、そして中村佳穂は共に京都からのアーティスト。ちなみに後者二つは私がお近づきになりたい教授のいらっしゃる清華大。若い。
申し訳ないことに、Homecomingsとバレーボウイズについては私が意識混濁状態であり、パニックを起こしかけていたためBGMにしながらも半分死んでいたのでコメントができない。

一旦水を買ってからフロアを抜け、階段に座り込みながらも一応はステージの見える場所で休憩していた。本来なら一緒に「二段熟カレ〜」と彼氏と歌ってやるつもりだったのに…と一人ステージを眺めながら、横目でフロアにいるであろう彼氏を探していた。
MONO NO AWAREは本当に言葉をよく使いこなしたバンドだと思う。そこからそんな語彙が生まれてくるかと思わされる。非常に洒落ているくせに、だからといって前に前にというわけでもないその謙虚さとも言うべきか。気取らないその素朴さから彼らの故郷である八丈島の生活を垣間見たような気さえする。特に「東京」に込められた想いはMCでも言っていたけれど、あの頃は楽しかったねと思い振り返ることも勿論あるだろう。でもいつまでもそこに固執していては前に進めない。どこにも行けない。彼らの言葉と歌が今の自分のあり方を諌めてくれている気がした。とはいえ、パフォーマンス中にギターのストラップが取れて一瞬あわわ…!な一面を見せちゃう彼らのチャーミングさ。非常に楽しいステージだった。

サイドステージで中村佳穂のパワーボイスが轟いた時、彼氏が階段のところまで来てくれた。人混みからちょっと離れて水も飲んだので頭痛はあったもののそこそこ回復していて、もう一つのお目当てであるYogee New Wavesに向けて体力温存。中村佳穂は今回初めて知ったのだけれど、彼女はどこかヒグチアイを彷彿とさせるような雰囲気と力と言葉を持っていて、どことなくクセはあるのに惹かれてしまう。音楽とは何か、生きていくためには必要じゃないけれど私にはないと生きていけないもの、そしてそれは彼女の問題提起でもあり、表現でもあり、対バンのあるライブでの転換を「バトンを渡す」という言葉でリレーをしていくようなもので終わりまで楽しみを引き継がせるように、彼女のステージはとても意義のあるものだったと思う。

さて、バトンを引き継いだのはもうフロアを満員にさせたKing Gnu。お目当ての人も多かったのではないかと思うが、私たちは階段から観戦。フロアの熱気は伝わってくるし、独特のライトの色合いは彼らの現代的なサイケデリックハイブリッドバンドの象徴にも感じられた。打ち込み、シンセサイザー、タンバリンを使いこなすボーカルの彼は藝大という箔付き。メガホンを使った一見アナログでいて椎名林檎のようなリベラーを彷彿とさせる挑戦的なコーラスとボーカルの声の相性は抜群で、音源では同一人物だと思っていたのだが実際にはギタリストがメガホンで言葉を吐き出していた。サビで煽るように彼が手を上下させれば、フロアが一斉に手を上げる。レゲエのような手の動きでありながら、その光景は一体感を醸し出すデモ運動のようでいて、やはり何かこれからもやらかしていきそうな(勿論いい意味で)音楽界をひっくり返してやろうという野望でも持っているんじゃないかと感じた程だ。ディスコのような、近代的クラブといったような感覚だった。

今回個人的MVPをあげたいのはキイチビール&ザ・ホーリーティッツですね。
なんとキイチさんの声がカッスカスでもう、申し訳ないけれど面白いくらいにかすれていて、それでもすいませんね、と謝りながら頑張って歌い上げる彼は讃えてあげたいです笑

Yogee New Waves。
どれだけの人がこの瞬間を待ち望んでいただろうか。客席のライトが落ちた瞬間に沸き起こる歓声、幕が開いた瞬間にはもうフロア中が胸を高鳴らせ、ロゴであるネオンサインが浮かび上がるともうそこは11月の暖かなビーチだった。
中学、高校と舞台系の部活で照明担当でチーフをしていたこともあり、ライトワークを妙に気にしてしまうのだがブルーのライトと低めのオレンジ系ライトがあると海岸を連想してしまう。フロアのボルテージが最高潮に達した時、皆踊り、手を振り、そして声を上げていた。
フロアの人混みにも関わらず、80%までは回復していた私は手をずっと握っていてくれた彼氏と踊っては手を上げ、ツーステップで踊っていた。
最高、の一言に尽きた。

半年ほど前まで、フェス派の彼氏とハコ派の私では、雰囲気も違うし野外・屋内という違いもあり一緒に行くことなんてないかもね、なんて言っていたにも関わらず、こんな日が来るとは思いもしなかった。
結局音楽に派閥も何も関係ないのだ。
好きな人と好きな音楽を聴き、同じ時間を共有するこの幸せがどれほどのことか。
一人でもハコに通っていた私にとって、友達ではない大切な人と自分の好きな場所に戻ってこれたこと、そしてそんな体験をさせてくれた彼氏の存在、最高と思わせてくれたアーティスト達、全てが嬉しくて感謝している。

音楽を愛しているか?
ハコに行けなくても私は愛していた。
ようやくハコに戻ってこれるようになってきて、やっぱり愛していたことを実感した。

愛しているものはあるか?
なくても好きなものはあった。
世界は愛に満ちている。
音楽があれば、音楽をかければ、音楽を聴けば、誰もが踊り出す。
私はまたそうやって愛を増やしていく。

明日の朝、彼はどんな曲をかけてくれるだろうか。
そうしてまた、私たちは踊って朝を楽しむ。夜を楽しむ。
おやすみ世界。

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