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青春物語のその後で

春を謡うには遠い、だがそれでいてどこか冬の日の終わりを感じさせてくれる。

「立春」

24節句の第一に数えられるこの日は、冬の終わりと春の始まりを告げる境界の呼び名である。

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3年生が引退して久しい部室は、すっかり見慣れたはずなのだがそれでいて未だどこか寂しげだ。伽藍とした部室には手持ち無沙汰な数人がストーブを囲んで暖を取りながら談笑している。一体いつから使っているのかも分からない旧式のストーブは、その上に乗せたヤカンを温めながら、どこか気の抜ける音を立てて部屋を照らしていた。

「お疲れ様です」

そう言って部室へと足を踏み入れた自分に、数人から気の抜けた返事が返ってくる。うんともすんとも言い難い返事をよこした仲間たちの横顔を尻目に、私は何時もの定位置に座った。ストーブからほどほどに近く、西日が薄っすらと当たる窓際。既にほとんど日没と言ってい良いその日の光は、山際に遮られながらも世界を青色に染めている。ストーブの熱で雲った眼鏡を吹いた私は、今日向き合う予定の本を取り出した。

ここは北高文芸部。部室は図書館。

文芸とは銘打っているものの、読書家と暇人の溜まり場と化している実態の無い部活である。

文武両道を謡う県内でも有数のスポーツ校であるわが校において、部活の占めるウェイトは大きい。運動部に所属する学友たちは、朝日が昇る前から登校して練習に励み、夜は日が沈んだ後も練習を続けている。全く持って頭の下がる思いだ。

翻ってわが身はどうか。授業終わりに時間をつぶす感覚で部活に通う私は、何を隠そう活動らしい活動をした思い出が無い。文芸部であるからには文芸に打ち込む必要がある筈なのだが、この二年間に自分がやっていたことと言えば読書か、うたた寝である。そもそも顧問の存在すら怪しいこの部活において、活動方針なんてものが定まる筈もなく、ただ淡々と青春の日々を静かな図書室で消費し続けているのが現状である。

それでも、引退してしまった上級生たちが居たころはまだこの図書室も少しは賑やかだった。

男1人、女3人。引退していった3年生たちの内訳である。とびっきりの美女が三人と、優し気な笑みの印象深い男。仲の良い彼らには、常に恋愛関係の噂が絶えなかった。

その噂がどこまで本当だったのかは分からない。彼らはさながら、三文恋愛小説の主人公のような人々だった。

まぁしかし、彼らも迫りくる青春のタイムリミットには抗えない。10月の末あたりから、ポツリポツリと出席数の減っていた3年生たちは、気が付けば図書室から全員が姿を消していた。彼らの中では何かしらのドラマがあったのかもしれないが、今となっては私にはあずかり知らない話である。

一から十までこんな調子の部活なので、彼らと思い出があったかと言われれば微妙な所だが。まぁいざ居なくなるとなれば、それはそれでどこか寂しいものである。未だこの学校には在籍しているものの、それでも卒業までは数か月だ。そうすれば季節は周り、こんどは自分たちが3年生になる。1年間という時間はあまりにも短い。

やがて訪れる別れと、そして新たな出会い。未だ冬の残り香を孕んだ寒たげな空には既に一番星が輝き始めている。曇った窓ガラスから眺めた空色は、遠くて近い春の日をどこか予感させた。

おかずが一品増えます