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【クリスティを当時の刊行順に読む14】『ブラック・コーヒー』(戯曲)/『評決』

・ブラック・コーヒー(戯曲)
「(戯曲)」と付けているのは後に小説版も出しているため。クリスティが初めて書いた戯曲。

ト書きが細かいため実際の舞台をみていないのに登場人物の動きが想像しやすい。

照明を落とし一度舞台を真っ暗にさせて物音や少ないセリフだけにして、次に照明がついたときには1人死んでいる。たぶんこれをやりたかったんでしょ!

ポワロも出てくる、ヘイスティングスもいる、ジャップ警部も来る。観客が見たいと思う登場人物を出してくれるサービスぶり。

クリスティはスパイとか秘密組織が好きなんだなぁと思うけれど、1930年は戦間期なのでそういった話題が身近で読者も共有しやすかったのかもしれない。

見どころはポワロが犯人を追い詰めながら毒入りウイスキーを飲んでしまうところ。
ポワロそれ飲まないで!と思わせて実はヘイスティングスが舞台袖でグラスすり替えている。たぶんこれもやりたかったんでしょ!

・評決
早川書房クリスティ文庫『ブラック・コーヒー』に同時収録されている戯曲。
こちらは1958年刊行なので刊行順ではなくなってしまうけれど…読みました。クリスティ68歳のときの作品。

ク、ク、ク、クリスティーーーー!!
これこそクリスティだーーーー!!

アガサ・クリスティといえばミステリの女王、どんでん返し、掟破りに思える発想のトリックのイメージが強いかもしれない。
初期は冒険物も多くて、紀行も兼ねたような(火サスみたいな)作品もある。

けれど、クリスティの真髄は心理描写ではないかと思う。
殺人は人の複雑な心理を表にぶちまけさせる装置。トリックがいちばんのテーマなのではない。

『評決』は登場人物が10人。
そのうち3人の女性が1人の男性のために人生を大きく変えられてしまう。 

アニヤは愚痴っぽい病人で、ずっと向き合い続けるには疲弊してしまうような状態だった。

ヘレンは思い込みの激しい人生経験の乏しい小娘で、手に入らないものはないと信じてしまう傲慢さがあった。

ライザは学があり道理を弁える女性で、強い自制心を保ちつつも友の夫への恋慕があった。

けれど、毒殺され、自暴自棄の末の事故死にあい、無実の罪に問われていいわけではない。

なぜこうなってしまったか。

クリスティは原因を『カールの理想主義』とした。
困ってる友人は見捨てられない。
けれどそのためにアニヤは故国を離れなくてはならなくなった。

最愛の妻を殺した犯人でも警察に突き出すような無慈悲はできない。
けれどそのためにライザが逮捕されることになった。

きっとカールはこの後もそんなに人生観を変えられず、周囲を守ることもできず「わかってくれ」「俺にはできない」といいながら自身の信条を優先してしまうのだろう。

それをわかっているのにライザはカールと共にいることを選んでしまったのだろう。

私がライザの友達なら全力でやめとけ!!!と言うところだけれど、現実に私が友達であっても「そうか…」と最終的には締めてしまうと思う。
理屈だけで動けないときだってあるよなぁ。
そうなったら周りは見守るしかできないよなぁ。
でもたまにはコーヒーでも飲みながら話を聞かせてくれよライザ。
きっとそうなる。

実は『評決』を読む前にアーサー・ミラーの『るつぼ』を読んでいた。
『るつぼ』にもヘレンのような少女・アビゲイルが出てくる。
こちらはヘレンよりも蠱惑的で、人を動かす分野においてかなりの手練れ。
当然手に入れられると思っていたものから拒絶されたとき、ヘレンのように自暴自棄になってしまうくらいなら可愛いものかもしれない。

アガサ・クリスティー著/麻田実訳『ブラック・コーヒー』ハヤカワ文庫クリスティー文庫65(戯曲集)早川書房2004年

#読書感想文 #アガサ・クリスティ



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