【読書日記】6/10 私の好きな古典。平安少女も色々。「堤中納言物語」
日本の古典の中で源氏物語は殿堂入りなので除きますが、私の中で一位、二位を争うのが「堤中納言物語」。
作者不詳・編者不詳・成立年代不詳の平安後期の貴族社会を舞台としたの10編の短編と一編の断章。
これらの短編を貫くテーマがあるのかどうかも諸説ある。
そんな分からないことだらけの短編物語集ですが、それぞれが味わい深くて趣向をこらしている。余白が多くて物語の行く末を読者に大胆にゆだねてしまうところが共通項で、もしかしたら私はそこに惹かれているのかもしれません。
虫めづる姫君
この物語集の中で一番有名なのが「虫めづる姫君」でしょう。
毛虫をかわいがるお姫様。当時の常識であるお化粧などもせず、困惑する親や侍女たちも理詰めで反論してけろっとしている。
そんな姫様のうわさを聞いて物見高くやってきた男にたわむれに蛇に似せたものを贈られる。
姫様は虫は好きでも蛇は苦手と見えて、侍女たちみたいにきゃあきゃあ騒ぐのは自制してもおっかなびっくりになるところが可愛い。
からかうような戯れの誘いの歌を詠みかけられて、ぷりぷり怒ってやりかえすところがご愛敬。
垣間見している男は、よく見ればなかなかの美人なのにもったいない、と思いながらも、さらにふざけた歌を残して帰っていく。
この続きは「二の巻にあるべし」。つまり、「続きをお楽しみに」で終わっているという趣向。
この姫様をどう評価するか、年齢とか立場とかで異なってくるだろうな、と思います。
私は、この姫様、かわいいなあ、と思います。ちょっとこまっしゃくれたところはあるけれど、好きなことは好き、自分が変だと思うことは変、と言ってのける。
この姫様が、両親に大事にされている、という設定なのがいいですね。もちろん、親は色々と苦言を呈してはいるものの、この姫様が可愛くて仕方ない。だから、姫様も安心して天真爛漫でいられる。
だからこそ、「二の巻」でこの恋が発展して(発展する分にはいいけれど)普通の娘になるような展開にはなってほしくないなあ、と思うのです。
「赤毛のアン」が「成長」して普通の良妻賢母になってしまったことを知ったときの「ブルータス、お前もか」という思いはしたくないなあ、と。
はなだの女御
次に私が好きなのは「はなだの女御」
ある好き者の男が親しくしている女房が宿下がりをしているときいて、その屋敷を訪ねます。そっと見てみると多くの女性たちがくつろいだ様子でおしゃべりをしています。
二十一人の女性(姉妹)がそれぞれ別の屋敷に仕えていて、それぞれの主を花に見立てて噂話をしているのです。(蓮の花は女院、紫苑は皇后、承香殿の女御は撫子・・・など。)
この好き者は、あちこちの屋敷に行くので、その先々でこの女性たちの何人かには袖にされ、何人かとは親密になり、という関係。
歌を詠みかけても、女性たちはお互いに気兼ねして「鵺かしら」などと言って返事をしない。
ここで身分の高い女性たちを花に見立てて評価しているのが、まるで女性誌の芸能記事でイニシャルトークのような趣です。
同時代の人であれば、これは誰のことかしら、と想像を巡らせてしまうだろうな、と思います。
また、最後に「誰のことかわかったら誰それ、と書き加えてください」などと書いてあるのもその気持ちをあおります。
それにしても、一体、この家の娘たち、何者?と思いますよね。
それなりの身分の高い家で、お互いに姉妹と知らせないまま、中宮、女御たちといった后たち、大臣など有力な貴族の家、姫宮など皇族、斎院など宗教界とあらゆる家に仕えさせている。そして、時折宿下がりして情報交換・・・。
もしや、諜報部隊?黒幕は誰?
いかにも平安貴族らしい前栽合の趣向にもうっとりしますが、その裏を考えているとわくわくしてきます。
それ以外のお話
見初めた姫君を奪って逃げてみたらなんと!という「花桜折る少々」。
春雨のしとしと降る昼下がり、中宮の御前で貴重な香を焚きながら三人のものが次々と語る小咄。どれも何だか湿っぽい無常感が漂う物語ばかり。無聊をなぐさめるならもう少し明るい話をすればよいものを、と思っていると、最後に「帝の(久々の)お渡り」の先触れがあり、ぱあ、っと明るくなって幕を閉じる「このついで」。
零落した二人の姉妹と二人の少将の入り組んだ色模様。
「前世の縁」で仕方ない、のような厭世的な気配を漂わせているけれど林真理子さんあたりの筆を借りたらかなり濃密な話になりそうな「思はぬ方にとまりする少将」。
(林真理子さんというのは、六条御息所源氏がたりのイメージなのです)
長年連れ添った妻を差し置いて新しい妻を迎えようとした男と、その意をくんで従順に家を出ようとする先妻、そのしおらしさにほだされて元のさやに戻る男。そして、新しい女は少しうかつで大失敗をしてしまう、という、最近ネットでよくみかける「読者の体験をもとに漫画にしています」的な、夫に浮気されて不倫女にマウントとられたけど、最後にスカっと!のような「はいずみ」。
手紙文を借りて言葉遊び、物尽くしのような「よしなしごと」。
等々。
平安時代には、たくさんの物語が生まれ、そして散逸しました。
どんな物語だったのだろう、と残念に思いますし、堤中納言物語のように、こうして残っているのを読めるのは、嬉しいことだなあ、と思います。