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【読書記録】7/4 あなたは、わたしは、誰?「エミリ・ディキンスン家のネズミ/スパイアーズ」

エミリ・ディキンスン家のネズミ 新装版
エリザベス・スパイアーズ (著),クレア・A・ニヴォラ (イラスト),長田弘 (訳)
みすず書房

朗読して味わいたい作品です。
静かな夜にかすかな風を感じながら、あるいは、お天気のよい庭の木蔭で木漏れ日をページにうけながら。

白いネズミ、エマライン。パンくずをあつめ、チーズをかじるその日暮らしの小さなネズミがディキンスン家のエミリの部屋に引っ越してきた。

エミリが何かを書きつけた紙をみたエマラインは、そこに書かれているものが「詩」だと知る。

一つの心が壊れるのをとめられるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう
一つのいのちの痛みを癒せるなら
一つの苦しみを静められるなら
一羽の弱ったコマツグミを
もう一度、巣に戻してやれるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう

エミリ・ディキンスン

それを読んだエマラインは、ほとばしる流れのようにあふれ出てくる思いを、エミリの詩の裏に書きつけます。

小さなわたしは、
小さな服を着て
裸足の小さな足で、
いつもいつも歩きまわっているのに。
あなたはわたしになんか目もくれない
わたしの相手になってくれたこともない
わたしの魂だってあなたの魂のように高鳴るし
わたしの胸には希望だって燃えているのに。

エマライン

自分が「詩人」だったことに気付いたエマラインの驚きと喜びと誇らしさ。
この詩を読んだエミリは、返信の詩をエマラインに贈ります。

「わたしは誰でもない!-あなたは誰?
あなたも―誰でもない―のね?

エミリ・ディキンスン(抜粋)

こうして、エミリとエマライン、「誰でもない」ふたりは、ひそやかに詩を交換して日々をおくるようになりました。

水仙が咲き、ミツバチの飛びかう庭。窓の外で希望の歌をうたう小鳥。エミリ特製のジンジャーブレッドの入ったピクニックバスケット・・・。
そんなささやかなものに彩られた穏やかな日々は、妹のラヴィニアがネズミ退治を思い立ったことで崩れ去ります。
この頃のネズミ退治とは・・・なんとテンを使うというもの!

エミリの機転によって難を逃れたエマラインですが、エミリの詩に背を押され、自らの「信念」に従ってディキンスン家を出ていくことを決意します。

生きてここにいるということの、悦びと不思議。わが身の不安。手の届かないものに触ってみたいという強い願い。誰なのだろう、わたしは?なぜ、ここにいるのだろう?これから、どこへゆくのだろう?

エマラインのことば

小さな白いネズミ、エマライン。
「詩」を書くことを知り、自らの心を見つめることを覚え、勇気を持ち、広い世界へと歩み出した。
その姿は清々しく美しい。

あなたは誰?そう問われたときに、私はどう答えるでしょう
その答えが見つかるまでわたしは「誰でもない」

一生をかけて見つけなければならないその問いに答えるために、ひとは詩を必要とするのかもしれない、そう思うのです。