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【読書日記】4/29 すべて世はこともなし。でありますように。「上田敏全訳詩集」

上田敏全訳詩集
 上田 敏 (訳著),山内 義雄 (編),矢野 峯人 (編) 岩波文庫

今日から大型連休に入りますね。
あいにくこの時期は仕事が忙しく、また、子どもたちの進級に伴う諸々があって連休といえどもゆっくり休める雰囲気ではありません。
どこか心が殺伐としてくるときには、詩集をぱらぱらとめくると少し気持ちが落ち着きます。

特に、私はブラウニングの「春の朝」が好きです。
勉強や仕事に手が回らず自分の能力の無さを露呈しようが、ややこしい人が面倒なことを言ってこようが、子どもたちがここぞというときに熱を出そうが、「それがどうした、世界はこんなにも美しい」と肯定できる気がするのです。

春の朝     ロバアト・ブラウニング
時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡かたをかに露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

ブラウニング春の朝 上田敏訳詩

明治7年生まれの上田敏が海潮音を刊行したのは明治38年。
英語だけでなくフランス語やドイツ語スペイン語を身につけていたので、原文から翻訳することが出来たため原文の雰囲気をより活かすことができたこと、日本の古典・文化にも深い造詣があったため香気溢れる格調高い日本語で表現することができたことから100年以上日本人が口遊む訳詩が生まれました。
まるで奇跡のようだと思います。

今日の気分でいくつか選ぶとこんなところ。

春       パウル・バルシュ
森は今、花さきみだれ
艶(えん)なりや、五月(さつき)たちける。
神よ、擁護(おうご)をたれたまへ、
あまりに幸(さち)のおほければ。
やがてぞ花は散りしぼみ、
艶(えん)なる時も過ぎにける。
神よ擁護(おうご)をたれたまへ、
あまりにつらき災(とが)な来こそ。

パウル・バルシュ「春」上田敏訳詩

まもなく5月。美しい時期だからこそ、この美しいときが続きますように、と祈りたくなる気持ちがよく分かります。

花のをとめ   ハインリッヒ・ハイネ
妙(たへ)に清らの、あゝ、わが児(こ)よ、
つくづくみれば、そゞろ、あはれ、
かしらや撫でゝ、花の身の
いつまでも、かくは清らなれと、
いつまでも、かくは妙にあれと、
いのらまし、花のわがめぐしご。

ハイネ花のをとめ 上田敏訳詩

我が家の愛し子。愛おしいのと腹の立つのとどちらが多いか、という感じでありますが・・・。

そして、レミ・ドゥ・グールモンの「薔薇連禱」「むかしの花」「立木の物語」。
言葉も難解ですが、内容も不思議が過ぎてわたしごときにはさっぱり分からないところごと魅惑的です。
薔薇園の開園の報もちらほら聞こえる季節。「薔薇連禱」が良いですね。

「薔薇連禱」は、薔薇の聖なる面、俗なる面、清らかな面、婀娜っぽい面など多様なさまを詠いあげつつ「偽善の花よ、無言の花よ」と繰り返すこと60回あまり。
薔薇の香のように濃厚な執拗さに、グールモンさん何があったのかしらと心配になります。
 岩波文庫で13ページにわたる詩なので最初と最後を抜粋してご紹介します。
青空文庫でこの詩が収録されている「牧羊神」が公開されていますので、探してみてください。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000235/files/51173_42027.html

 僞善の花よ、
 無言の花よ。

 銅色(あかがねいろ)の薔薇(ばら)の花、人間の歡(よろこび)よりもなほ頼み難い銅色の薔薇の花、おまへの僞(いつはり)多い匂を移しておくれ、僞善の花よ、無言の花よ。

 うかれ女(め)のやうに化粧した薔薇の花、遊女(あそびめ)の心を有(も)つた薔薇の花、綺麗に顏を塗つた薔薇の花、情(なさけ)深さうな容子(ようす)をしておみせ、僞善の花よ、無言の花よ。

 あどけ無い頬の薔薇の花、末は變心(こゝろがはり)をしさうな少女(をとめ)、あどけ無い頬に無邪氣な紅(あか)い色をみせた薔薇の花、ぱつちりした眼の罠をお張り、僞善の花よ、無言の花よ。

(中略)

 紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、曉方(あけがた)の星、司教のやうな優しさ、紫水晶色(アメチストいろ)の薔薇の花、信心深い柔かな胸の上におまへは寢てゐる、おまへは瑪利亞樣(マリヤさま)に捧げた寶石だ、噫寶藏(はうざう)の珠玉、僞善の花よ、無言の花よ。

 君牧師(カルヂナル)の衣(ころも)の色、濃紅色(のうこうしよく)の薔薇の花、羅馬公教會(ろおまこうけうくわい)の血の色の薔薇の花、濃紅色の薔薇の花、おまへは愛人の大きな眼を思ひださせる、おまへを襪紐(たびどめ)の結目(むすびめ)に差すものは一人(ひとり)ばかりではあるまい、僞善の花よ、無言の花よ。

 羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、世界を祝福する御手(みて)から播(ま)き散らし給ふ薔薇の花、羅馬法皇(ろおまほふわう)のやうな薔薇の花、その金色(こんじき)の心(しん)は銅(あかがね)づくり、その空(あだ)なる輪(りん)の上に、露と結ぶ涙は基督(クリスト)の御歎(おんなげ)き、僞善の花よ、無言の花よ、僞善の花よ、無言の花よ。

 僞善の花よ。
 無言の花よ。

グールモン薔薇連禱 上田敏訳詩

さて、言葉によるめくるめく薔薇の園を巡り少し元気になりました。
積み残した仕事を片付けてしまいましょう。