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【読書日記】9/17 綴じ蓋を繕う赤い糸。「国語教師/ユーディト・W・タシュラー」

国語教師
著者 ユーディト・W・タシュラー,訳:浅井晶子
集英社

男は作家、クサヴァー・ザント。
女は国語教師、マティルダ・カミンスキ。

二人は大学時代から16年付き合い、同棲していましたが、ある日別れ、既に16年の月日が流れています。
クサヴァーは、マティルダが国語教師として教鞭をとるギムナジウムで開催される創作ワークショップに「偶然」講師として派遣されることになりました。

学校側の担当者がかつての恋人マティルダと知り、馴れ馴れしく思い出話をしようとするクサヴァー。
彼が作家として芽が出ようとした矢先のある日、唐突に二人で同棲していた家を出ていった裏切りの顛末への説明を求めるマティルダ。

この温度差のある「マティルダとクサヴァーがワークショップ前に交わすメール」と、その間に挿入される「二人の過去」のエピソードを読み、感じるのは、どっちもどっち。破れ鍋に綴じ蓋、ということ。

無責任で軽薄、自尊心だけは高いクサヴァーと、真面目で勤勉で相手の思惑は歯牙にもかけない勢いで自分の目標に突き進むマティルダ。男も女も恋人にはしたくないタイプだなあ、とややうんざりしながらも読み進めていくと、不意に不穏な警察署の場面が挿入されます。

クサヴァーがマティルダを裏切って結婚した富豪の妻が生んだ息子が幼い時に誘拐され、いまだ行方不明だという事件。
14年間、迷宮入りしていた事件が、二人の再会をきっかけに動き出すのか、でもどのように?

本書は「二人の再会前のメール」「過去(二人の生い立ちと出会い、同棲時代)」「再会時の会話」そして「マティルダとクサヴァーが互いに語って聞かせる物語」の四つの部分があり、これらの短い場面が次々と切り替わっていく構成になっています。

少しずつ明らかになりからみあう二人の家族、過去、互いの互いへの想い、自分の夢。
長く付き合っているとはいえ、どこか齟齬があるふたりをつなぎとめているのは「物語」。ふたりの文学への愛、物語を語り聞くことへの情熱です。
ふたりが互いを理解し合えるのは、本や小説の話をするときだけ。クサヴァーから生み出される物語はマティルダによって形となった。

そして、十六年後、再会した二人は、以前のようにお互いに物語を語って聞かせる。

クサヴァーが語る、クサヴァーの祖父が二人の女・二つの人生・二つの国の間で揺れ動いた物語。

マティルダが語る、若い男を拐い地下室に閉じ込める女の物語。

クサヴァーとマティルダの物語と、二人によって語られる物語が、過去と現在、現実と虚構の世界を行きつ戻りつしながら、短く切り取られたワンシーン、ワンシーンが再び一枚の絵巻物へと織りなされていきます。
「物語」は、作家と国語教師を分かちがたく結び付ける縁の赤い糸。「物語」によって紡がれる、彼らにしか描けない愛の物語。

言葉と物語の力を信じる一人の本好きとして興味深く読みました。

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