コロナの意味は"王冠"なんだって
古本屋で一〇冊ほど本を買った。
昼から夕方にかけて、喫茶店のテラス席で一杯の珈琲を持って、一冊一冊を舐めるようにして見る。
連日のコロナウイルスのニュースで疲弊していた心に束の間の栄養が行き渡った。
まだ感染者が出ていない群馬県の太田市では市長がいくつかの学校において、政府の要請には従わないとして休校しない方針を明らかにした、というニュースを朝一番で見ていた。
喫茶店を出た。
自転車をゆらゆらと漕いでいるのが、まるで自身の不安定な気持ちがまだ残っているかを現しているようであった。
太田駅前のコンビニに着く。
手塚治虫AIプロジェクトとして、AIを使って手塚治虫が生きていたらどんな未来を描いていたか、という作品を漫画雑誌モーニングで見た。
一〇冊分の古本、最新作の漫画、どことなく埋まらない気持ちの溝を抱えて、コンビニ前のベンチでサンドイッチを食べていた。
「Hey you very fashionable!」
前からフラフラとイタリア人風情の男が歩いてきた。
この男とは以前から駅前を中心によくすれ違っており、早朝でも深夜でもいつも手ぶらで酒に酔いながら歩く男に、今日は初めて声をかけられた。
「I’m an Italian fashion designer」
捲し立てるように英語で話し、着ている薄手のコートの下に着るどこかしらのサッカーチームのTシャツの胸のエンブレムや背中の番号を見せてくる。
そのまま一方的に喋る英語は途切れることなく、何かを呟きながら、こちらを通り過ぎて行き、後ろにあるコンビニに入っていった。
一分程で出てきた男はこちらに声をかけるでもなく、ベンチの横を通り過ぎ、数十メートル向かいに建つ大きなショッピングモールの前にあるベンチに腰掛けるホームレスの横へ座った。
こちらはサンドイッチを食べ終え、体内での消化を待つように、そのままぼんやりとベンチに居座り、夕焼けに染まりつつある空を眺めていた。
ぼんやりと焦点が合わないまま、男の方を見るでもなく眺めていると、男は手を振って、薄手のコートをホームレスの横に置き、半袖になり露出した腕を震わせながら、またこちらに向かってきた。
男は自身の横に腰掛けると、インスタグラムを開き、ファッションデザイナーという言葉を何遍も繰り返しながら、男の身なりからは想像もつかない洒落たスーツを着こなす姿、フェラーリやマセラティの写真、美人の奥さん、可愛い娘、かっこいい息子、こちらは半信半疑で画面を見ながらも、日本人は俺のことを避ける、としきりに言う男の話は面白く、笑っていた。
五回に一回ほどこちらの質問が男の耳に入り、後は男が口から酒の匂いを発しながら、日本やアメリカの悪口を止めどなく言っていた。
五分ほど続いている男の話の中で、こちらはポケットに入れた携帯と背負う鞄の中にある財布のことを最大限に気にかけながら、男の話に耳を傾け、なんともない雰囲気を装っていた。
インスタグラムや娘の動画を見終わったあと、昨日クレジットカードをなくし、今日が誕生日で、明日国に帰る、という突拍子もない話の流れになり、頭上では夕焼け空の雲行きが怪しくなっていた。
「Give me one thousand yen 」
ノーと言って何事もなく立ち去ることもできたが、これまで何度もすれ違ってきた男との縁、会話を楽しんでいた自分、向こうのホームレスとシェアするであろう千円、やられたという気分は拭えずにはいたが、返すという男に対して、あげると言って、自身の財布を開き、千円を渡した。
もう一枚と悪びれる様子もなく言う男にはさすがにノーと言って、ハグを要求され、ポケットの携帯と鞄の財布をここ一番に警戒して、片手で男の腰に手を回し、別れた。
まだコロナウイルス感染者が出ていない群馬県で、男が持った恋しさとせつなさと心強さが詰まったウイルスを移され、男がフォローしてくれと言った非公開のインスタグラムのリクエストは未だに承認されず、中身を検査できない状態が続いている。
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