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未来の童話

2089年。タイムマシンが発明された。日本人研究者の時田翔が開発し、ノーベル物理学賞も受賞した。「僕もご先祖さまに会いに行こうと思います。」記者会見で時田が語ったその言葉は、流行語大賞にも選ばれた。

早速タイムマシンは様々な分野で応用されはじめた。

もちろん、マスコミ業界にも......。

"タイムスリップは稀代のエンターテインメントである"

民法テレビ局「もりもりTV」の社長・森田一夫氏はこう語った。そしてこのような企画を立案したのである......。

「原始人煮て食う」

現代ならもちろん殺人罪だが、そもそも法が存在しない原始時代にはそれを合法的に行えるだろうと森田は考えた。そして実行したのだ、この悪魔のようなアイデアを......!

番組ディレクター達は縄文時代に飛んだ。

飛んだ先はちょうど森の中だった。ちょうど1人の縄文人男性が大型蛤刃石斧で木を切っているようだった。動物の皮で作られた服と、ジャングルのような体毛を備えた容貌はいかにも原始人という感じだ。周囲に人影はない。番組ディレクターはカメラの準備が完了したという報告を受け、草の影から静かに捕獲銃を構えた。最新の技術が使われた、縄文人を捕まえるのに特化したオーダーメイド銃である。銃身は漆黒に輝き、活躍の場を今か今かと待ち受けている。

穏やかな風が吹き抜ける。縄文人はこれから待ち受ける不幸を知らないまま、呑気に石斧を振りかぶった。ディレクターが引き金を引くと中から縄が飛び出し、華麗に的確に縄文人の胴体に巻きついた。ディレクター達はすぐさま走り寄り、縄文人に呼びかける。

「今から僕達、あなたを煮て食いますけど、どんな気持ちですか?」淡々と縄文人に問いかける。

「う!あhづkf?ねkwlsん!ばhsbxjしwn!!!」
縛られたままの縄文人は獣のように叫びながら体を勢いよく動かし脱出を試みる。毛深い体に縄が食い込む。しかし、さすが縄文人、動じない。厳しい自然の中で鍛えられた縄文人の体は頑丈である。抜歯もしている。もしこの縄が2020年あたりの技術で作られたものなら、この縄文人はたちまち縄を引きちぎり、ディレクターを返り討ちにしていたことだろう。

しかし悲しいかな。縄文人を捕縛するのに使っていた縄は、2089年の最新鋭の技術で作られたもの。しかも縄文人を捕縛するのに特化した、完全オーダーメイド縄である。縄文人は次第に体力を失い、元気がなくなったところで煮て食われてしまった。

「『かちかち山(注)』に出てくる、お婆さんの肉で作った鍋ってこんな味なんすかねー」むしゃむしゃ
「もっとまずいんじゃね?年取ってるから皮ばっかで」もぐもぐ
談笑しながら原始人鍋を囲み、番組用の映像を撮り終えた。

(注)かちかち山...22世紀まで語られていた童話。第四次世界大戦で大部分が消失。お婆さんの肉で作った鍋を食べるシーンだけ残存している。

現代に戻ろうとした時、ディレクター達はタイムマシンが起動しないことに気づいた。
それどころか、乗ってきたタイムマシンがだんだんと透明になり、森と同化していくではないか!

「なんだこれ、まずいぞ!社長に連絡して!!」危機を感じとったディレクターはアシスタントディレクター(AD)に向かって叫ぶ。
「で、出来ませ〜ん......。通信系統も全部消えてってます......。」
情けない声でADが返事する。
ディレクターはうなだれた。強く冷たい風が頬に吹き付ける。

「お前たち、縄文人を殺したな!?」突然、白衣を来た細身の男が番組ディレクターを勢いよく蹴りあげた。タイムマシンの開発者、時田翔だ。自分の先祖である縄文人を突き止め、2時間ほど観察していたのだが、尿意を催したのでその場を離れ、5分ほど現代に戻っていたのだった。その僅かな間に縄文人は煮て食われてしまっていた。

「あぁ、僕の体が消えていく......。」彼の先祖がこの時代で子孫を残さず死んだので、時田翔もその研究の成果であるタイムマシンも消滅してしまうのだ。

現代に帰れなくなったディレクター達は皆、縄文時代で悲惨な死に方をしましたとさ。

このお話の教訓:ご先祖さまは敬いましょう。

保護者の方へ:原始人保護法の存在意義を子どもに伝えるよい教材です。また、道徳観の育成にも繋がりますので、原始人のセリフには特に感情を込めて読み聞かせてあげてください。


(30世紀日本昔ばなしより「原始人煮て食う」)

たすけて〜