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また逢う日まで季節は巡る(超短編小説#28)

電話口で父はあの人の死を告げた。
それは電話がきた時点でそういう内容とわかる口ぶりであったし、それはあえて電話をかけてきたというタイミングだった。
それでも父の第一声「体調はどうだ」というやけに冷静な挨拶も、自然と受け入れられる心情だった。


人は大事なことを伝えるときに、改まる動物なのかもしれない。


事実は事実としてしか耳に入らず、事実は悲しみに変わって心に土足で入り込んできた。
そしてそれは丁寧に靴を脱いで落ち着いた様子で腰を下ろしたと思ったら、あっというまに涙に溶けて眼球のしたから勢いよく溢れ出てきた。

もう会話をすることができないあの人の声がぼくのあたまのなかでぐるぐる回って酔ってしまいそうだった。

虎ノ門にそびえるビルたちを眺めながら、ぼくは止まらない涙を家から持ってきたタオルに染み込ませ続けた。
空は晴れと曇りの間くらい。


あの人が最期を迎えた病院という白い箱のなかに場所は違えどぼくもいる。
最後に逢ったときの顔のむくみや表情、そして体温が永遠ならいいのに。
明日になればぼくはここを出て、あなたに逢いに行く。

どんなときも味方で支えで、そして家族であったあなたは、今でもぼくを温かく見ていてくれているのだろうか。
きっと考える余地もなくこちらを見下ろし、なにも言わずにお茶を入れお菓子を用意してくれているだろう。


次に会えたときは一緒にこたつでみかんをむきながら、出前のチラシを広げて今夜の店屋物を決めるのだ。


ぼくはほおづえをついて、あなたの顔をゆっくり眺めたい。
ただそれだけである。

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