見出し画像

病気をしたからこそ同窓会に行った

中学時代、金八先生腐ったミカンのストーリーは、他人事ではなかった。
学校は荒れていて、最悪な思い出ばかりだった。
だから、中学の同窓会は絶対出るつもりはない。
というか、開催している様子もない。

小学校は良い思い出が多いが、あまりにみんな消息がしれない。
なので、こちらも行われている様子はない。

高校時代は楽しかったのだが・・・
基本的に、同窓会は好きではなかった。
30歳位の時に、高校の女子だけの同窓会に行って懲りたのだ。
その時の話は↓↓

独身と既婚者の間にはフォッサマグナがある。
落っこちたら大変である。
もう行くまいと思っていた。

数年前、お盆の時期を利用して、高校卒業30周年の同窓会があった。
普通なら行かない。
でも、その時は絶対行こうと思ったのだ。

~~~
私はその年の4月末に乳がんの手術をした。
その後、放射線治療も受けた。
放射線治療も、想像とは違っていた。
5週間毎日、ただ1分間放射能を浴びるだけ。
寝転がっているだけだ。
楽勝だと思った。
でも午後には放射線酔いして動けなくなる。
そして最後には皮膚がとんでもない状態になる。
(最終的には戻るが)

そして、帯状疱疹にもなった。
右側は弱っているから気を付けるように言われたが、その通りだった。
帯状疱疹もなめていた。
ちょっとしたブツブツでしょ?と思っていた。
そんなものではない。
骨の中心から痛い。
眠れない。
痛み止めが合わずに、めまいがひどくて結局数日寝込んだ。

そんな時に、同窓会。
いつもならパス。
でも、今回皆に会わなかったら、もう一生会わないって人がほとんどだ。
そんな心境になったのだ。
48で、皆に最後のお別れ・・・って心境。
行かなければ。

~~~
術後の傷もまだ痛かったが、行って良かった。

皆もちろんお互い年を重ねているが、瞬間に高校時代に戻れる。
多くの先生も参加されていた。

視覚の面でショックだったのは、1年の時に片思いでバレンタインに手作りチョコレートもあげたT君が、びっくりするほどSHOBOくなっていたことだった。
私はこんな人を本当に好きだったのか。
(当時は付き合いたいとかなかったので告白はせず、チョコだけもらってもらうという中途半端なことをした)

彼の当時のことを思い出してみた。
アメフト部で見た目もまぁまぁカッコよかった。
性格的にはおとなしめ。
何よりやさしかった。
皆がワイワイしていても、一緒に悪ノリしない。
誰かが冷やかされていると、ちょっとかばったりしていた。

座席のシャッフルがあったりして、T君と隣の席になった。
やはり疑問なのは、なぜこんな日に首が伸びたヨレTを着ているのだ?
イケてなさにもほどがある。

お互い近況を話していた。
すると、やはり、声のトーン、相槌の打ち方、質問のしてくれ方・・・
全てがあの時のままなのだ。
やっぱり30年以上前の私と同じだった。
あー、彼のこういう感じが好きだったんだわ。
私はヨレTを許した(上から?w)

驚いたことに夫と同業者だった。
業種も職種も全く同じ。
会社はライバル会社。
「ご主人も大変やと思うわぁ。よろしく言うといて」と。

ガンになってから、やらなくても良いことをやってみるのも良いなと思えた最初の出来事だった。

~~~
面白くもなんともない記事だったが、興味深いことが一つあった。
高校時代それはそれは可愛い、男子からの人気も高かったYさん。

男子には興味ないと言った風だった。
告白する男子をフリまくっていた。

同窓会でYさんは二度見してしまうほどの宝石を付けた指輪を両手に付けていた。
指が凝るという現象があるとすれば、それはデヴィ夫人と叶姉妹とYさんに起こる現象である。
石の付いていない指輪も複数あった。
ネックレスも高そう。
服ももちろんわかりやすくハイブランドだった。

彼女は高校時代超地味だったF君と結婚していた。
F君の消息は誰も知らなかったのだが、歯科医になって開業していた。

人生色々だ。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?