2006.DEC.8
部屋に入るなり彼女から一枚のMDを手渡された。何、アヴリル? ひっくり返してみたが、シールには何も書かれていない。かけてよ、ハマってるんだあ。大仰なスピーカーがついたコンポにMDを吸い込ませる。俺たちは絨毯に仲良く並んで表示を見つめた。俺が一年の記念日に買ってやったMDプレーヤーは、ダイヤルで曲名などが入れられる最新型だった。彼女が懸命に曲名を入れ込む姿を想像し、笑いがこみ上げた。「Something」という文字と共に、レトロなイントロが流れてくる。へえ、こんなシットリした曲なんて聴くんだ。声に出さずそう思った。恋人の知らない一面を見た気がして俺はいささか怯んだ。こんな曲、誰から教わったんだ? そう訊き質したい衝動を何とか抑えた。「I`m Looking Through you」「Stawberry Fields Forever」「If I Fell」。畜生、俺の知らない曲ばかりだ。彼女は化粧の落ちた少女らしい瞼を閉じて、穏やかに聴き入っている。何かを、誰かを憶い出しているのだろうか? 俺は嫉妬の疼きと、心を鎮めにかかるようなジョンとポールの声に、おかしくなりそうだった。すぐ傍のベッドまで運ぶのももどかしく、薄い絨毯に押し倒した。彼女は駭きもぜず、猫のような声をあげて悶えた。俺はますます血が滾るのを感じた。俺はこの女に童貞を捧げた、なのにこの女は、俺のほかに何人もの男を知っている! 「Here Come The Sun」「The Long Winding Road」「Across The Universe」 下らぬ、どうにもならぬ嫉妬は俺を苦しめた。俺はそれが態度に出るのが子どもっぽくて厭だったが、抑えが効かぬ場合もあった。諍いになることはなかった。決まって彼女が哀しそうな顔をして、わたしもそうだったらよかったな、と優しく言ってくれたからだ。あと二週間足らずで十七歳だというのに、何て俺は情けない男なのだ。何か欲しいものある? と訊かれたとき、おまえの処女が欲しい、俺はそう言った。ああ、俺の弱さにいつか、彼女は哀しい、あの情慾を唆る顔を見せなくなるだろう。あの優しい、かすれた蚊の鳴くような声も、ぶっきらぼうな呆れ声に変わるだろう。「In My Life」「Black Bird」「Let it be」この辛く苦しい嫉妬の季節を、いつか、例えば十年後なんかに、俺は幸福な光景として追憶するのだろうか?……
RIP. John Lennon......
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