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「これは自分の物語だ」と思う作品のすべて|映画『わたしは最悪。』

冒頭のシーンを見ただけで、恋に落ちる映画がある。

まるで「これは私の物語だ」と思い込んでしまうような。


その映画の空気感なのか冒頭シーンの撮影技法なのか、登場人物への突発的な感情移入なのか。この感情は、大層おこがましいものであることは分かっている。私は世界の端っこに存在していて、映画は私のための物語では決してない。映画の中の登場人物は大体私よりも美人だし、もがきながら結局何かを手に入れたりしているし、登場人物とも存在している場所が違う。

まあ「私の物語だ」と書き表してしまうことに対して心気持ちの葛藤はあるのだけど、全てのピースがはまって心にダイレクトに取り込まれる感覚は、きっと共感してくれる人が多いのではないかと思う。

映画『わたしは最悪。』

2021年に公開された映画『わたしは最悪。』も、まさにそんな映画だった。デンマーク出身のヨアキム・トリアー監督の作品で、1人の女性の20代から30代にかけてのライフルトリーを描いた物語だ。

<あらすじ>
30歳という節目を迎えたユリヤ。これまでもいくつもの才能を無駄にしてきた彼女は、いまだ人生の方向性が定まらずにいた。年上の恋人アクセルはグラフィックノベル作家として成功し、最近しきりに身を固めたがっている。ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは、そこで若く魅力的なアイヴィンに出会う。ほどなくしてアクセルと別れ、新しい恋愛に身をゆだねたユリヤは、そこに人生の新たな展望を見いだそうとするが……。

出典:映画.com

主人公ユリヤは何者かになりたくて、常にもがいている。でも面倒くさがりで飽き性な部分もあって、人生に悩む等身大な姿が印象的で。そんな彼女は、作中で誰よりも輝いていた。

"人には言えない・誰も知らない"経験

この映画に妙に惹きつけられた理由は、他にもある。

上は映画の中でも象徴的な、彼女が浮気相手(アイヴィン)に会いに行くシーンだ。

ユリヤが早朝のオスロの街を、彼が働いているカフェまで全速力で駆けていくのだが、その時 街は完全に"時"が止まっていて、信号も、人々もずっと同じ格好で止まっている。

笑顔で街を走り抜けるユリヤ

まさに、この瞬間、世界にはユリヤとアイヴィンしか存在していないのだ。彼女が浮気相手に会いに行ったことは恋人も知らないし、この世の人は誰一人としてこの出来事を目撃していない。


まさにこのシーンに象徴されているように、ユリヤには他の人が"誰も知らない"ような経験や秘密が多い。

諦めた夢や無駄にした才能、家族との関係や死にかけの元恋人との会話。ずるい浮気や別れ際の最悪なセックス。

そんな誰にも言えない(言わない)ような経験が多い彼女が、私にとっては羨ましくて堪らない。そして大きな尊敬に値する。

"人には言えない・誰も知らない"経験を積み重ねている、人間は魅力的だ。私が知りうることのできない絶対領域を持っている人は、その内容がなんであれ、堪らなく輝いて見える。映画『わたしは最悪。』は、そんな彼女の秘密が詰まっている作品だった。

人間には誰も多かれ少なかれ、誰にも言えない最悪な部分があると思う。それは具体的な出来事じゃなくても、心の機微でも同じだ。だからこの作品は、そんな秘密を抱えながら、日常を歩んでいる全ての人を肯定するような物語であるような気がする。これは、私の物語で、あなたの物語で、すべての他人の物語でもあるのだ。

私は、人生のキラキラした面だけじゃなくて、こんなリアルな生を知りたい。絶対的に見えた希望があっけなく消えていく姿も、それを前にした時の彼女も。私は映画で、人間の一番最悪な部分を知りたい。

私の中にとどめておきたいもの

秘密の話…といえば、友人や同僚との飲み会でよく恋愛の話になる。

みんなそれぞれ恋愛事情があって面白いなと思うけれど、私はなるべく自分の話はしないようにしている。今は、学生時代からなんやかんや関係が続いている人と付き合っているけれど、ほんの数人しか知らない。今までのいざこざも数年間の感情も私だけが知っていたいし、二人で積み上げた秘密は他の人にシェアする必要がないと思うし、“誰にも知らない”ままでとどめておきたいから。(そもそも人に話すべき内容でもないし、人を不快にさせないためも話さないでいた方がいいと思うけど……)最悪な私のプライベートな話は、映画にしなければただただ最悪なままだし。

なんて、こんなことを言っても他の人の恋愛話を聞くのは大好きなのだけど。

最後に、映画『わたしは最悪。』予告編のコピーを紹介して終わる。

人生は選択ーー
時々、運命。

私は「選択と運命の間でいかに"人には言えない経験"を積み重ねていけるのか」を、大事にしていきたい。時の止まった街を駆け抜けて、今を生きるのみ。

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