冒頭

「ここが世界の果てだよ。」

あなたは約束を果たしてくれた。自分でも忘れていたような戯言を覚えていてくれた。

それだけで充分。本当はこれが最後の旅になるって、飛行機のチケットを受け取った時から気がついていたの。

この空気の匂いも肌を刺す風も、流れる雲も、何一つ味わう余裕なんて無かった。私は只々、最後の瞬間まで貴方の顔を脳に焼き付けるように見つめていた。

記憶とは脳に蓄積されるものではなく、脳こそが記憶そのもの。

記憶を再構成する際、人は匂いや色彩、発言などを思い出し、それらに対して抱いたあらゆる感情を追体験する。

脳は、ミリ秒単位の印象をかき集め、繋ぎ合わせて、モザイクを創り出す。

その能力が、あらゆる記憶の基礎だ。それは人間自身の基礎でもある。

だから本当は、忘れたくないものの為に、その瞬間瞬間とそれを取り巻く総てを味わい尽くさなければならない。どんな知覚経験も、ニューロンの分子に変化を生じさせ、ニューロン同士の接続を再編する。つまり脳は文字通り記憶で出来ていて、記憶はつねに脳を創り替えている。

言葉も解らない、日の沈む方角さえ分からないこの街で。私は女王としての最後の務めを果たした。

「サヨナラ…」

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