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『鎌倉物語 第六話:相反する者同士の不思議な縁』

 秋と冬が交差しはじめた11月初旬。僕は先日手に入れたばかりの赤の「ZEPHYR400」に乗って、友人HIROとの待ち合わせ場所に向かっていた。鎌倉から都内の待ち合わせ場所まで約1時間。天気も良く、はじめてバイクで走る第三京浜の風が心地良い。
 HIROとは大学のころからの付き合いでもう20年以上になる。大学生の就職を支援するコミュニティがあって、そこで出会ったのが最初。はじめて見た時の印象は「なんか目立つ奴」って感じだった。
 コミュニティの中で積極的に発言し、行動することでその場を最大限に活用している姿が少し眩しくうつった。
 一方で僕自身があまり就活コミュニティになじめていなかったこともありり、知り合いになることでズケズケと心の中に土足で入り込まれるような気がして、最初は関係を持たないよう遠ざけていた。
「僕とは違う人間」
 こちらの勝手な誤解はすぐにとけるのだが、ちょっぴり脳天気なポジティブ野郎だと思っていた。
 何をきっかけに最初の接点があったのかは覚えていない。ただ、最初に話したときの印象が、外から見ていただけの彼の印象をすぐに打ち消してくれた。インテリジェンスが高く理解がものすごく〝深い〟人。抽象的な表現をもちいても、伝えたいコトの本質を捉えてちゃんと理解してくれる。
 自分の意見ははっきりと相手にも伝えるが、しっかりと肯定から入るから悪い気がしない。第一印象とのギャップは大きかった。
 その後、早々と一年目の就職活動を諦めた僕は、就活コミュニティからも遠ざかったかが、HIROだけはなぜか時折「飯でも食べない?」と電話をくれた。性格は僕と真反対のような気がするが、それが良かったのか、僕もHIROと話す時間はいつも楽しかった。頭はおそろしく良いのに、どこか無鉄砲で子供みたいなときもある。賢くクールでいれば何不自由なく、なんでもこなせるはずなのに、小学校の徒競走みたいにやると決めたことは、不格好だろうが何だろうがおかまいなしに全力で走り出す。
 当時、面接のネタにするために、海外をひとり旅するなど、自分を非日常的な空間においてその経験を就活でアピールするというのが流行っていた。HIROが山脈に属さない独立峰としては世界で最も高いとされる「キリマンジャロ」に挑むと聞いて、就活用のネタかなって思ったら、彼は子供みたいに目をキラキラさせてキリマンジャロ登頂への意気込みを語った。
 エリート然として生きれば、大手商社や銀行、外資のコンサルティング会社だって余裕で受かるだろうに、なぜかそういう方向に行かない。意図的なのか無意識なのかはよくわからなかったが、そういう型にはまろうとしない彼とは一生の友達になるだろうと思った。
 同時にこんな奴を抱えられる会社なんてあるのかな?とも思った。独立精神が旺盛でビジョナリー。起業の方が向いてると、アホな大学生だった僕でもわかったが、結果的にHIROは大手通信会社に就職した。それは少し意外な選択だった。

 その後、お互い紆余曲折いろいろあって、僕はエンターテイメントという空想的な世界に生き、HIROはファンドマネージャーという究極的にリアルな世界を歩んできた。ほぼ真反対の世界と言ってもいいかもしれない。
 働きだしてからも交流は続いたが、お互い生きる世界がまったく違ったので学生の時のような会話はできなくなっていた。30代になってからはHIROも僕も一瞬でも気を抜けば死を宣告されるような戦場にいたこともあり、1年か2年に一度、わずかばかりの時間を共有するに留まった。

 30代後半になってようやく、同じようなタイミングで少し自分の時間を持てるようになった僕たちは40歳になっていっしょに海外に行った。共通の友人がドイツにいたこともあり「ちょっと行ってみない?」とHIROが誘ってくれたのだ。
 友人に会うという以外はノープランで出発したその旅行は思っていた以上に素敵な旅になった。観光が楽しかったというわけじゃない。カフェやバーでドイツに住む友人を交えながら、大学生のころの思い出から、社会人になってからの約20年、そして、これから20年を学生時代のように語り合った。言葉を発するたびに自分の気持ちが高まるのがわかった。その理由を言語化するのは難しい。だけど確かにあの時、僕たちはこれからの20年に大きな夢を再び描こうとしていた。

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 大学を卒業して20年近くが経ち。学生当時に思い描いた夢をそれなりに叶えてしまった僕たちは、いっていの満足感と共に、これからの20年をどう生きるか?ということに思いをはせた。だが、帰国後、思ったよりも大きな仕事を抱え、精神のすり減るような毎日をおくっていた僕は、いつの間にかその時に語った未来への希望を忘れ、1日1日をただ消費していくだけの生活に溺れていった。他の人から見たら順風満帆なエリートサラリーマンに近い生活だったかもしれないが、僕の中の大切な何かが日々削りとられていく感覚がそこにはあった。
 ある日ついにプツリと限界をむかえてしまった僕は、その生活に突然の別れを告げた。会社を辞めて古本屋を始めたが、客は少なくヒマだった。持て余す時間の使いどころを探していたときに、ふと思い出したのがドイツでの有意義な時間だった。

「ちょっとバイクでどこか行ってみない?」とHIROを誘い、僕たちは1日フラッとバイクで走ることにした。目的地のテーマは「僕と出会う前のHIROがいた場所」。僕の知らない過去、共に過ごした学生時代、苦しみながらも何かを成し遂げた社会人生活、そして独立してから描く未来。HIROの人生に触れることで、これからの僕に何かが起きるのでは?というかすかな期待を抱いていた。