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【読書感想】『野武士、西へ 二年間の散歩』(著・久住昌之)

『野武士、西へ 二年間の散歩』を読了したので、感想です。

著者は『孤独のグルメ』等の原作者としてもお馴染みの久住昌之先生。
散歩好きの著者による「大阪まで散歩してみよう!」という豪快な思い付きから始まった、東京から大阪まで約500kmを2年かけて散歩した行程を記録したエッセイです。

ぶっ通しで500kmを走破するわけではなく、出来る限り無理なく自分のペースで歩き、目標を達成したら最寄り駅から電車で帰宅。後日その駅まで電車で移動し、続きから歩き始める・・・という繰り返しで、あくまでゆるっと”散歩”として大阪を目指します。

著者原作の散歩マンガ『散歩もの』でも散歩の美学が描かれていましたが、今回も著者の貫く散歩スタイルがとても共感できます。
観光名所や名物には固執しない。気になる店があれば寄ってみる。面白そうな脇道があれば、そちらに足を向けて積極的に寄り道を楽しむ。
あくまで散歩として楽しんでいく。
そんな散歩の道程を、独特のゆるい文章に細やかな風景描写を混ぜ込みながら、ちょっと生々しく書いているところが面白い。

途中で大きい方を催してトイレを探して右往左往する場面が何度か出てくるのですが、その手の状況まで包み隠さずに書いてしまっています。
普通は書かないでしょう。恥ずかしいし、読者に「汚い!」と怒られそうだし。でも書いちゃってる。
そんなところまで”散歩のリアル”としてカットせずに文章化しているところに、私は生々しさと同時に誠実さを感じます。

そして、時にそんな文章の中に美しく印象的で滋味深い文章がポンと出てくる。

山道沿いに太い電線が何本も張られている。小田原から歩いてくる時も、送電線や、それを支える鉄塔が目についた。鉄塔は誰も入れないような鬱蒼とした山を、電線で手を繋いで立ち並び、みんなで山を越えていた。そして俺が歩く道の上にも、追いかけてくるように、道案内するように、電線があった。

(p.78)

俺の足は時計の秒針だ。あるいは柱時計の振り子だ。コチコチ右左とただただ単純に歩いている。俺はこのかけがえのない時間を自分の足で生み出している。

(p.331)

巻末の山田詠美氏の解説でも触れられていますが、この辺りに久住先生の文筆家としての凄味を感じますね。

ただ一点、著者のエッセイではお馴染みの事ですが、良くも悪くも"昭和のおじさん"的な価値観がゴリッと文章に出てくるので、人によっては「むむむ…」となるかも。
そこも久住先生の持ち味なのですが、気になる人は気になる、かな?

ということで、良い意味で脱力して気楽に読める良いエッセイでした。
散歩好きであれば、特に一読の価値があります。


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