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生きやすさは活きやすさ

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視点を変えれば見えるものもある。視点を変えれば生きやすくもなる。小さな思考の変化が活きやすさにつながる。徒然なるままに書き記しています。
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記事一覧

知識は水の如し。いかに接しどう活かすか。

知識は人に豊かさを与え 水は源流であるほど美しい 今回は、水と知識の関係について考えてみたいと思います。水は生命の源であり、私たちに必要なものです。水は豊かさをもたらし、生命を豊かにさせてくれます。 同様に、知識もまた心と精神の源であり、私たちに豊かさをもたらします。しかし、水が源流であるほど美しいとされる一方、知識が増えるほどその真実や複雑さに耐えなければならないこともあります。 この相対的な考え方を活用して、より豊かな生活を築く方法について考えてみたいと思います。

苦ばかり…どうしたらいいの?どうしてもなくならないなら楽しみで覆いつくす

1つの努力だけでは苦ばかり 10の努力でもまだ苦ばかり 100の努力だと1つぐらい楽しみもある その1つが99の苦を上回るのが、努力の価値かも 楽しいけどやっぱり苦はなくなるわけではないですね いやぁ、人生は予想だにしない苦ばかりですね。 頑張っても頑張っても苦が巡ってきます。 皆さん、こんにちは。 本日、別に何かあったわけではありません。すこぶる普通です。相変わらず雲を眺めながら「平和だなぁ」と呆けてるだけです。 でもですね、何もないわけではありません。さ

見えない存在も見えていない部分もそこには人が在る

新月は見えぬも月はある 人もまた同じ 見えない存在や部分の重要性 私たちは、目に見えるものだけが現実だと思いがちですが、それは間違いです。例えば月を思い浮かべてみましょう。月は常にその形を変えません。光の当たり具合で、人の目には違って見えるだけ。 私たちの周りには、目に見えない存在や部分がたくさんあります。これらは、私たちの生活に大きな影響を与えています。 今回は、見えない存在や部分を認識し、大切にすることが重要だという視点から書いてみたいと思います。 感情や思考の

諭さなくていい。気づきが諭す

想いは内に 答えも内に 悩みの相談を受けたとき、つい「こうしたらいいんじゃない!」と自分の意見を伝えているようで押しつけてしまっているなんてことはないでしょうか。しかし、それが必ずしも正しい答えでもなければ、求められているものではないかもしれません。 なぜなら、その人なりの答えは内なる自分にあるから。 1. 相談を受けるときの心構え 相談を受けるときは、まずは相手の話をよく聞くことが大切なのは言うまでもなく。傾聴といった方が良いかもしれません。その上で、相手の気持ちを

野心と謙虚さのバランス

野心ある策に溺れ 野心なき策に救われる 野心は、努力や向上心を促すには必要なものだと思います。しかし、過度な野心は、失敗の原因にもなります。野心を持ちながらも、謙虚さと柔軟さを忘れないようにしたいですね。 野心の罠 野心は、目標を達成するための原動力となります。野心と書くと悪いイメージを持たれそうですが、素直な感情であると思うのであえて。しかし、過度な野心は、自分の力に酔いしれてしまい、冷静な判断ができなくなることがあります。そのため、過度な野心に陥ると、失敗や問題を引

足元に広がるウェルビーイング

月に想いを馳せ 足元を見ず 目標や夢をもつと、なにかと遠くを眺めてみたくなりませんか。そう。月を眺めながらなんていうのもあるかと思います。「ああしたい。こうなりたい」と。でもね、実はウェルビーイングは、私たちの身近にあるのではと思います。 そこで今回は、実は近くにあるウェルビーイングを考えてみたいと思います。 まず、自分自身を大切にしよう 最初に考えたいのは、自分自身とどう接するか。夢や目標を持つと、どうしても奮起し、睡眠を削ったり、食べる時間を惜しんだりしがち。

「見た目で判断されたくない」その言葉に隠れる本当の自分

飾りはシンプルでいい彩のなさがありのままを輝かせる 時折、「見た目で判断されたくない」と感じる瞬間があるのではないでしょうか?私たちはみんな、外見に縛られず、本当の自分を認められたいと思うものです。この言葉に隠れる、本当の自分を見つけるには、どんな考えを持つとよいでしょう? その飾りは本当に必要なモノ? 「見た目で判断されたくない」という気持ち、それは私たちが、自分自身の内面や個性を重要視している証拠かもしれません。 ここで一つ考えていただきたいことがあります。 内

実りは肥料によるのではなく、土づくりによって得る。

肥やしに頼り 大地を忘れる 最近家庭菜園に取り組んでいる人の話を耳にします。楽しいですよね。植えるもよし。眺めるもよし。そして食するもよし。 でも現実には失敗例をよく聞きます。 僕も美容師であって農業従事者ではないので、専門ではありません。しかしプロと家庭菜園の違いを聞くとすれば、『耕す』という行為。 趣味者は植える行為を楽しみ、耕すことになぜがない。だから表面の形を作ります。 しかし、プロはなぜの答えを知るので、形は必然であり、その目的自体を行います。すると、収穫

有用無用もひと次第

桜の枝は切らぬが 檜の枝は切る 残すも切るも人次第 桜は枝あってこそ。満開の花を楽しむには枝は多い方が美しいですよね。 でも檜はどうでしょう。建築資材として用いるため、節ができないように枝を落とします。 木々と話をしたことはありませんが、木の生き方に関係なく、人の愛で方次第で枝を切るのか残すのか変わります。 樹齢が長く、枝を支えきれなくなってもなお、桜は補助されながら枝を残され、檜は適齢を決められ、枝を落とされながら時期になると切られていきます。 どちらの木も大事

『人をみる』見えるものだけが人に非ず

満月に心惹かれ 新月にその存在を忘れるされど月はそこに在る 夢を持つ、輝きのある人って惹きつけられますよね。あやかりたいなんて心も芽生えるかと思います。 日々接する人に対してもあるでしょうが、芸能界などは極端に表れていそうです。人にだけでなく、流行りの商品などもパッとでて「そういえばアレってどこいった?」なんてものも多いですね。 でも決して無くなってるわけではないんですよね。そう。月のように。 満月や中秋の名月などは話題にもなり、SNS等でも話題となります。でも新月の

人の持つ色はそれぞれ。魅力はそれぞれであってこそ美しい。

紅梅は雪の中にその色を魅せ白梅は雪の中にその香を魅せる 梅は色によってその味わい方が違います。その特性もまた違います。 社会という枠組みの中に生活していると、自然と枠みたいなものが生まれてきます。そしてそれを知らぬうちに価値基準として人を見がち。 十人十色と理解しながらも、随分と窮屈な価値基準で判断する。それによって評価したりされたり、思い悩んだりもする。「あわせなければ」と無理してしまうこともあるでしょう。 生きやすい生き方って、そんな窮屈な環境からではなく、らしさ

意は水のごとく。見たとおりだが、見えぬものもある。

悪に誠意はないが 正義には悪意もある 正義に見える悪意には利己がある。 世の中に悪がはびこる中でも、正義を貫けるのは素晴らしい。今が悪がはびこる世の中だというわけではないですが。 正義は存在します。間違いなく。またどんな人にでも正義の心はあるでしょう。 ただ厄介なのが、正義の中に隠れる悪意。 敢えて悪意という言葉を用いていますが、おおそれたものをさすわけではありません。 今回取り上げたいのは利己ってこと。 利己を求めるのが悪いわけではありません。誰しも願望もあれ

好むものあれば好まざるものもある。

名月を愛でる人心あれば名月を避ける魚心あり 綺麗なもの美しいものには目を奪われます。人の心や行動なども同じようにひきつけられる魅力がありますね。 わたしは魚釣りをします。夜釣りにでかけ、優しく照らしてくれる月には心癒されます。 でも月夜を嫌うお魚もいるんですよね。その明るさに岩陰に潜んでしまうお魚が結構いるそうです。(お魚とお話ししたことないので、どう思ってるのか知りませんが) 満月には力が宿り、不思議な力も…。なんて言われるわりには、竿先が動くこともなく、ひたすら月

"いま”は過行くもの。"これから”が未来を築く。

『今をトキメク』という表現があうのなら 『これからをトキメク』視線をいま持つ 『今を時めく新進気鋭の…』 なんて呼ばれる日がきたらいいな。なんて憧れを持つこともあるでしょう。 でもこの状態を維持するのは、とても難しい。なることすら難しいのに維持するなんていうのは至難のわざでしょう。 それこそ 兵どもが夢のあと… がせいぜいかもしれません。 事を起こすにあたり、目標って決めますよね。短期、中期、長期と決めておく良さは、言うに及ばず。 そこで今回考えるのが、