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ねじまき少女

温暖化、海面上昇、伝染病、食料不足、遺伝子操作による生物多様性の崩壊。そんな世界のなかで巨大な防潮堤を築き検疫を徹底し、かろうじて秩序ある国家を保っているタイ、バンコクが舞台のSF小説。
 この世界では石油資源はほとんど喪失しており、様々な動力は「ゼンマイ」により賄われている。コンピュータは足踏み式だったり、スクーターやラジオなども「ゼンマイ」が動力源だ。また様々な伝染病のために生物、植物の多くが感染、または絶滅し遺伝子操作によって耐性をもった作物や動物のみが食糧とされる。その遺伝子操作の技術で世界市場を牛耳っているのがカロリー企業といわれる石油メジャーみたいな存在の組織。
カロリー企業に所属しするバンコクで新型ゼンマイの製造工場を管理するアメリカ人アンダースン、現場監督でイエローカードと呼ばれる中国からの亡命者ホク・セン、国内を伝染病などから守る環境省のジェイディーと副官のカニヤ。そして日本で製造されバンコクで捨てられたアンドロイド「エミコ」立場の違う五人を軸に物語が進んで行く。

「ねじまき」と呼ばれるアンドロイドの少女エミコの人間(主人)への依存から自らを解き放つまでの物語は切なく心打つ。自我を持ったアンドロイドが自らが存在する意味に悩み自問自答する様はアンドロイドという無から作られた虚無感と相まって哲学的だ。「我思う、ゆえに我あり」である。

この「ねじまき」少女を軸に、タイの権力闘争、環境破壊のよる種の保存の問題、新しい環境への人類の進化の形態といったスケールに広がっていき物語は怒涛のカタルシスを迎える。
環境破壊、生物多様性などをエンターテイメントSFに昇華させた小説はまさしく現代SFのトップと言っても過言では無い。

自然の摂理に人知が及び、介入することが果たして果たして人類の未来に希望をもたらすものなのか。

※2012年3月5日書評

ねじまき少女 上・下
パオロ・バチガルピ/著 田中一江/訳 金子浩/訳
ハヤカワ文庫SF 上下各 907円
上 ISBN:978-4-15-011809-9
下 ISBN:978-4-15-011810-5

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